「もう遅い」は本当か?

 「実は・・・」と、電話の向こうで彼が言う。
 
 勉強はたくさんしてきた。
 社会的な地位基盤も頑張っていたら付いてきた。
 でも、ふと考えるとみんなに比べるて恋愛経験が少なくて、
 これからも他の人との差は埋められないのではないか。
 自分に自信がなくて、そう、悩んでいるという。
 
 深夜2時。
 
 丑三つ時はお化けが出ると言うけれど、心の中の言葉もポロリと出てくる。
 眠い眠いと思いながらも、夜は語る人にとても優しい。



 28歳。
 まだ30にもならない彼がそんな厭世的なことを呟く。
 とても気のつく優しい人で、周りをいつも気遣うあまり、
 ワイワイとした場ではお酒を飲んで盛り上げようとしたりする。
 メールもまめだし、外で飲もうという時も、
 寒かったり雨だったらと別のお店を考えたりしてくれる。
 靴を脱ぐようなお店のときは、事前にちゃんと伝えてくれる。
 大好きな友達を照れながらもちゃんと好きだという。



 美味しいもの好き、友達好きで、楽しいことが大好きで
 他人をとても大切にする人だ。
 
 なのに、どうも1味足らない。
 「いい人」で、あと1歩なんだけどと、
 友人ながら思うのだけど、それは感覚的なものだから、具体的に「どう」と教えられない。
 残念ながら。
 その上、私自身、恋愛よりは友達になってしまうという性質だから困ってしまう。
 なんて言ったら良いのか・・・。



 好きな人に好きって言ってもらえるのは奇跡よ!
 結婚している人たちは奇跡の体現者よ!と私は叫び・・・
 考えて、言った。



 「今まで・・・・告白されたことはある?」
 「・・・あるけど・・・」彼は少し考えて言った。
 「けど?」



 私は追跡を始めた。



 「好きな子じゃなかったし・・・」
 「だから?」



  彼は誰も彼も好きな人に告白されていると思っているのだろうか。



 「好きな子からじゃなくても、告白されたことあるんでしょ?嬉しくなかったの?」
 「嬉しかったけど・・・」と彼がもぞもぞっと呟く。



 だよね、と笑うと、彼も電話の向こうで「うん」とうなずく。
 

自分を好きな子がいるってことは、自分にもちゃんと魅力があるってわかってる?

 聞くと、彼は初めてそんなこと初めて考えたとばかりに静かになって、そして
 「・・・そうかなぁ」と訊いた。
 で、「あたりまえじゃない」と、笑ってしまった。
 

彼は本当に自信がないのだ。

 「きっと一生彼女なんかできない。絶対駄目だ」と言うのだ。



 私が今度初めて友人を彼に紹介しようと思っているにも関わらず、だ。
 今まで、女友達を誰かに紹介なんてしたことがない。
 

でも、彼と仲良くなって「あ、あの子を紹介したい!」そんな風に思って、働きかけた。

 にも関わらず、だ。
  
 これはひどい
 そこで「ねぇ、私今度友達紹介したいって言ったでしょ?
 そんなダメダメだって思ってたら大切な友達紹介したいなんていうと思う?」
 
 こちらの人を見る目はそんなに駄目だと思う?と、若干のプレッシャーを掛けつつ訊いてみる。
 
 彼は慌て、そして、照れて「ありがとう」と言った。
 御礼なんていわれることは言っていない。
 良い物は良いのだから、その辺は自信を持ってもらわないと・・・と、ちょっと偉そう
 に言って、こらえきれずに笑ってしまった。
 
 「なんだよー」と、彼は拗ねた。
 
 そこで笑ったまま、「大体においてなんだ!」と、
 私は彼に説教をすることにした。
 
 今、28だよね。
 社会人になって5年。
 土日は休みで、飲みにも行ってて、普通のサラリーマンよりは時間も使ってるし、
 出会いもしてるよね。
 ってことは、社会人になってからは普通の人と一緒だよね。
 
 と聞くと「うん」と返ってくる。
 そして、なんていうか恋愛だけじゃなく人付き合いの経験値が
 圧倒的に不足してて・・・と、言う。



 そうは言っても、浅く広く付き合っていたって、自分が本当に心を許せる人に会えなければ
 経験は深まるのかな?
 人付き合いも結論的には量より質だから・・・というと「そうかも・・」と考え出す。
 (実際のところ、浅く広くでもいいから、自分とひっかかりそうな人と出会うことが
  一番大切。会うのは狭くてもいいから、響く人と会うことそのものが難しい)
 「でも、みんなより10年以上経験が少ない」と言う。



 そこで「わかった」と、私はおもむろに言う。
 考えてみようと、誘う。



 社会人の5年間はみんなと一緒だから抜いて良いよね?
 「うん」
 じゃあ、子供の頃から考えてみよう。



 5歳までは海のものとも山のものともつかないよね、初恋はあった?
 「あー幼稚園の時かな」



 じゃあ、とりあえず5歳まで抜くね。
 「うん」



 小学校の時は・・・今はわからないけど、付き合っている人なんてまずいなかったよね?
 「うん」



 じゃあ、小学校も抜くよ。
 「?うん」



 ん〜中学校も恋愛とかって実はみんなそんなしてないよね。
 「そうだね」



 じゃあ中学校もなしで・・・・高校ね。
 
 高校って3年間だけど、実は付き合ってる人って少なかったりするよね。
 「うん」
 (実のところ、彼は男子校出身。そして私は出身校が同じ別の友人から当時付き合っていたのは
  1クラスに5人位だったととっくに聞いてしっていた)



 だいたい付き合ってたのってクラスに5人くらいでしょ?
 「あ〜、そうだったかも」
 
 じゃあ、みんなってわけじゃないから一応高校も抜くよ?
 「うん」
 
 大学だと付き合う人たちが出てきて・・・
 でも、案外1年の最初からっていうより1年が半分過ぎたり、
 2年になってから付き合い始めた人多かったよね?
 「うん」



 じゃあ・・・みんなとの差ってせいぜい3年位なんじゃない?
 「あ・・・」
 
 3年って土日がしっかり取れていても挽回できないほどだと思う?
 「・・・・思えない」
 
 だよね、まだ28。
 30にもなってないのにおしまいなんていうのは早くない?
 笑うと、彼も泣きそうな声で笑った。



大学のとき、楽しかったんだよね。

 じゃあもっと短いよね。



 そう言うとと電話の向こうの彼の笑い声はもう少し歪んだ。



 私が言ったことは綻びだらけなのだけど
 夜の電話はそんなことさえ許される。
 
 もう遅い。
 もう駄目だ。
 が、本当にそうなのか?は、わからないものだと思う。