野球ファンでそれはちょっとないのでは・・・

 外は細かな雨がやわらかく降っている。
 そろそろ東京も梅雨入りだろうか?
 防水の効いたスニーカーの紐をギュッと結んで駅まで走った。
 降り始めの雨は酸が強いけれど、
 降り始めてしばらくの雨はそうでもないと聞いている。
 降り注ぐ雨は、降るというよりも肌にひたひたと吸い付いてくるようで
 気持ちが良かった。



 昨晩、知り合いから野球のチケットを頂いた。
 東京ドーム1階バックネット裏、前から30列目ほど。
 野球のことはさっぱり分からないけれど、それがなんだか良い席だと言うのはわかる。
 大の巨人ファンの友人が大喜びで付き合ってくれた。
 
 以前も、チケットを頂いたことがある。
 その時は、さっぱりわからない同士で行った。
 だから、ファンの人たちがどよめく意味も、
 選手の行動もさっぱり意味が分からなかった。
 詳しい人がいるというのはありがたい。
 
 私は動きが綺麗だとか、
 どきどきの緊迫感が気持ち良いとか、
 ホームランの爽快感、グローブが鳴る音に魅力を感じることはある。



 でも、やっぱりセリーグがどうの、パリーグがどうのと言うのが良くわからないし、
 それぞれのポジションがきちんと言えるかさえも非常に怪しい。
 だから、以前はなんだか凄いことが行われてるとしか思えなかったのに今日は随分教えてもらった。
 
 例えば、
 それぞれの選手紹介の音楽は選手自身で決めているだとか。
 入り口には選手それぞれのデーターが載ったフリー冊子があるだとか。
 壁に付いたビジョンは、ホーム(東京ドームはジャイアンツ)の選手しかアップを映さないとか。
 ピッチャーを交代させ、球を試しに投げている時にマウンドの脇にいるのは
 ピッチングのコーチさんだとか。
 ボールボーイもオーディションがあるだとか。
 良い席はお弁当がつくだとか。
 攻撃の時じゃないと応援は控えなくてはいけないだとか。
 ピッチャーは腕が資本だから、バッターボックスに立ってもあまり打たない人が多いとか。
 お弁当は道端や野球場内ではない、少しはなれたところに買う穴場があるだとか。
 
 野球好きな人には常識な事が一々新鮮で面白い。
 「あの人はね、同い年」
 「年下」
 「最年長」
 なんてことから、
 「WBCではこんな活躍をしてね・・・」と、初心者の私に細やかに教えてくれる。
 知っている人にとっては、初心者に教えるほど観戦の邪魔になるものはないと思うのに・・・。
 
 そうかと思うと、ファンらしく
 巨人にファインプレーが出ると顔が輝き、大騒ぎ。
 ロッテが良くなるとギュッと手を組んで硬い顔つきで見つめる。
 「(ボールを)落として、落として・・・」と、小声で囁き、溜息をつく。
 
 私達の真後ろの方が大のロッテファン。
 彼女が大の巨人ファン。
 本日の野球はロッテが優勢。
 
 後ろで「よし!」とか、「走れ走れ!」と聞こえると
 彼女の顔は悲壮になり、とても声がかけられなくなってついつい顔を覗き込む。
 彼女の声が明るくなると、後ろの空気が重くなる。



 もう一人の選手と言われるロッテの応援団の地響き、動きに、響く歌。
 私のようにどちらのファンと言うわけではなくても、
 すさまじい質量を持った音が正面からぶつかってくると思わずどきりと怖くなる。
 ぴったりと揃った動きと、各々のリズムでひたすら縦に飛び跳ね、波立つようなロッテの応援席。



 あんまり凄い応援なので、
 私のグラウンドを挟んだ正面の黄色いポールの脇の一番上の階にいた5〜6歳の男の子が
 巨人のユニフォームのまま、ロッテの応援のように飛び跳ねて、
 お母さんに叱られていて笑ってしまった。
 その時まさに巨人のピンチ。
 巨人のピンチが嬉しいのかと、友人にじろりと睨まれてしまった。
 事情を言うと、
 それはお母さんそうだと笑っていたけど・・



 ピッチャーも、バッターも、
 味方も敵も
 これほどの声援を受けるというのは凄まじいプレッシャーだろうと思った。
 それだけのものを受け、最高のものを披露する義務がある彼らの緊張はどれだけのものか。
 私だったら・・・球を投げることが出来たとして、
 果たしてまともに投げられるものだろうかと自問した。



 プロの土俵に立つというのが物凄いことであると同時に
 これだけの大声援を背負う強さを持たないとプロとしてやっていけないのだろうと
 「なんて凄い人たちなんだろう」と溜息が出た。
 これだけの人たちが応援したくなるだけの人たちなのだ。



 結局、今日の試合は友人には残念ながらロッテの勝利に終わった。
 試合は、緊迫した部分も多く、私にはとても楽しいものだった。
 
 しかし・・・・・・
 がっかりしたこともある。
 巨人が逆転され、私の後ろの方が大喜びでロッテを応援していたせいなのか?
 試合終盤、どこからかフライドポテトが何度も何度も飛んできた。
 後ろの席か、上の席か、それは全く分からないけれど
 私の背中に、頭に、前の人のかばんの中に・・・。
 みんな一生懸命に応援している。
 試合を観ている。
 相手チームが活躍したら、憎たらしいのも分かる。
 でも、試合を観ていて、相手には自分がどこにいるのかわからないような状態で
 食べ物を投げつけるようなことは、観戦マナーとして最悪以前に論外でないかと思う。
 
 相手がいるから試合ができる。
 試合だから、駄目なときもある。
 それを他人に当たることで憂さ晴らしをするのは、
 ファンとして以前に人間としてしてはいけないことだと思う。
 
 後ろのロッテファンの人が、
 「ごめんね、俺がロッテファンだから多分ぶつけられてるんだわ」と謝ってきた。
 彼にはぶつからず私ばかりがぶつかってると申し訳なく思ったらしい。
 けれど、彼は別に巨人ファンばかりのいる応援席にいたわけではない。
 彼が謝るのは筋が違うと、そう思う。
 思わず「誰がやってるかわかりませんけど、失礼ですよね」と、話し込んでしまった。



 帰り際、今度は物と人とに当たっている人を見た。
 ゴミ箱を蹴り付け、ゴミ箱にゴミを捨てに来た人をバシバシと殴り、
 係の人に怒られていた。



 巨人ファンのイメージが残念ながら、ガクンと下がってしまった夜だった。
 巨人ファンの友人が、「ひどいよね」と、しょんぼりしていた。
 野球ファンにはもう少し、紳士的でいて欲しい。