目をつむって歩こう!

窓から忍び込んでくる風がひんやりとしてきた。
 今夜は蝉の声が全くしない。
 賑やかだった彼等に代わって、こうろぎや鈴虫が鳴いている。
 チュンチュンチュンと合間に鳴くのは何の虫だったろう。
 
 雨が降ったわけでもないのに、
 空気がしっとりと湿り気を帯びている。
 冒険でも始まりそうな夏の夜も好きだけれど、
 ゆったりと包み込むような秋も好き。
 
 夜、家へと帰る時。
 普段は遠くを見ながら歩く。
 でも、
 人通りも、車の通りも少ない道だから、
 目が疲れている時は目を瞑って歩く。
 
 何も見えない状態で歩くのは怖い。
 
 目をつむる。
 最初は、さっきまで見えていた残像が見える。
 それを元に一歩を踏み出す。
 
 次の一歩は音が聞こえる。
 後ろを歩く誰かの靴音、どこかの家のお風呂の反響音。
 
 次は光。
 まぶたに街灯が映ってどきりと止まってしまう。
 街灯の下を過ぎ、影に入る時にまたビクリ。
 思わず目を開けてしまう。
 
 目を瞑っていても、明るい・暗いはわかるのだ。
 本当に目の悪い方はそれもわからないそうだけど。
 光の下から出て行くときは、何かに殴られるんじゃないかって身がすくんでしまう。

 もう一度目をつむる。
 今度は目を開いているときよりも、強い匂いがしてくる。
 あそこのメニューは秋刀魚とか、ここの花の香りはどうだとか、
 そんなことが一層こちらに迫ってくる。

 そして、足の裏の感触がはっきりとしてくる。
 靴の裏が多少厚くても、アスファルトのでこぼこを踏んでいるのがはっきりとわかる。
 目を開いている時には、あまり意識に上らない。
 けれど、人は足の裏で歩いているのだ。

 目を開いてもしばらくは、強調された感覚が残る。

 急いで歩く日々の中では、
 感覚のアンテナが知らずに曇っているかもしれない。
 ただ、目をつむるだけ。
 たまに、感覚をリフレッシュする小さな機会を設けてほしい。
 




 
 朝でも、夜でも、
 目が疲れたら目を瞑る。
 小さい頃からの習慣のおかげかどうか、
 私の視力はまだ2.5。