見上げると
 
 大きな木蓮の花が、いくつもいくつも咲いている。
 薄桃色の柔らかな筋の入った花は
 その枝で支えきれないのではと思うほどぼってりとしている。
 
 目を下へ向けると
 
 山吹がその枝を弓なりにして、
 蝋燭の炎のような黄色い蕾を一杯に灯して差し出している。
 
 雪柳のふわふわとした真っ白な花が枝を覆い
 細長い房のようになって、
 何筋も何筋もの流れを作っている。
 
 そして上を仰げば
 
 桜が、
 太く、黒々とした幹と枝で
 心持ち薄紅がかった白い花びらのドームを支えている。
 
 今年の桜は心もち白いような気がする。
 気候によるものだろうか
 年によって、桜の色は違う。
 
 ふと、染井吉野は改良種だから
 昔の人が桜色と呼んだ桜はどの桜のことだったかと、思う。
 少なくとも、鬱金桜や御衣黄のような色ではないとは思うけれども・・・
 彼岸桜や山桜のような色のことだったのでしょうか?
 
 昔、幸田文さんの本に桜で色を染める話があった。
 ふと染めてみた色が、想像以上に美しい桜の色に染まった。
 その喜びを豊かな色彩の言葉が語る。
 読みながら、心の中に桜色に染まった布がはためいた。
 どんな綺麗な色だったのだろう。
 
 別の本で、幸田文さんがその桜色が欲しくてそれから後にまた桜で色を染めた話があった。
 不思議なことにそのときの桜では桜色が出なかったと書いていた。
 春の華やぎを秘めた時期とそうでない時期。
 そんなことが関わっているのではないかと書かれていたような気がする。

 今日、ふらふらと夜桜を見物していると
 カップルとすれ違った。
 「綺麗ね」と女の子が言った言葉に、
 男の子は「ほんと。ここもライティングすれば良いのに、もったいないよね」
 と、言っていた。

 人には色々好みがあるのだろうけれど、
 私はライティングされた桜はあまり好きじゃない。
 綺麗だとは思うのだけど、どうもなんだか気に食わない。
 なんとなく、違和感があるのだ。
 夜だというの、はっきりくっきり見えすぎるというか・・・
 きっと桜だって、夜だか朝だかわからなくってたまったものではない筈だ。

 私の中での理想の夜桜は、
 街灯も無い場所の
 月明かりで歩ける夜に見上げる夜桜。
 
 所によっては闇に溶け、
 所によっては月光を透し、儚くてまろやかな色が夜に浮く。
 そんな夜桜を見てみたい。
 ゆっくり、飽きずに、じっくりと。
 
 最近、有名とされる桜は
 どれもこれもがライトアップされている。
 ゆっくり夜に身を浸しながら、夜桜を楽しむ名所はないのでしょうか。