あなたはだあれ?

 今、東京は雨だ。
 したんしたんと落ちる雨の音は、もう夏が終わったことをはっきりと告げている。
 地面の上に落ちた雨粒は、せせらぎの音を立てながら無数に蛇行する小さな川を作っている。
 秋の雨は、夏よりも少し音が固い。
 実際に雨粒が固いのか、ぶつかる木々や葉が固くなっているのかどうかは知らないけれど。

 水音の響く窓辺にいると、益体も無いことばかり考えている。
 
 今日、手紙が届いた。
 差出人の名前を見ても、誰だかサッパリ思い出せない。
 可愛らしい羊の描かれた、普通よりも少し小さいクリーム色の封筒。
 大宮の駅ビルから投函されたらしく、切手が無い。
 切手の代わりにオシドリの羽ばたく赤いスタンプの押された白い紙が貼ってあった。
 郵便局に行くと「時間の無い方はこちらをお使いください」と切手の代わりに推奨しているあれだ。
 「この紙、なんて言ったかしら?」と思いながら、もう一度差出人の名前を確かめる。
 
 小学校の同級生に同じ苗字の人がいたけれど・・・・
 彼女の名前ではない。
 糊で封をした後にぴっちりとセロハンテープで補強されている。
 封筒の厚みは薄い。
 写真が入っているわけでもないのに補強がされている。
 こんな厳重にする人、知り合いにいただろうか?
 前に主催していたイベントの参加者??
 
 男性の名前でもないので、恐る恐る開けてみた。
 小さな封筒の中には、小さな茶色の便箋が一枚。

 高校時代に通っていた予備校。
 その夏合宿で一緒になった人だった。
 なんだか懐かしくて・・・とのこと。
 
 私は1人で本を読むのは好きだったけど、1人で勉強というのは苦手。
 授業中に質問することが出来ない学校の授業も、あまり好きではなかった。
 仕方が無いので、15キロもある教材をバックに詰め込んで
 小学校も、中学校も、高校も塾(予備校)に通った。
 私の背が母を超さなかったのは、あの頃重いものを持ちすぎていたせいかもしれない。
 
 予備校の夏合宿は大抵4〜5日で1科目、朝7時半〜夜12時過ぎまでみっちり缶詰。
 2時間毎の10分休憩と、30分づつのご飯時間以外は勉強というカリキュラム。
 ひと夏に何度も合宿に通った。
 覚えなくてはいけないことだらけで頭が一杯で、
 合宿の間に仲良くなった人のことなんておぼろげにしか覚えていない。
 何年も前の・・・おそらく4日ほどのお付き合いの彼女。
 名前さえも覚えていないのがもどかしい。
 折角連絡をくれたのに、あの頃の記憶はいやに遠くてまるで形を結ばない。
 
 この子は、どんな顔だっただろう?
 どんな性格で、私達はどんな会話を交わしたのだろう?
 そして何故、連絡を取っていなかったのだろう?
 私も彼女も筆不精だったから?
 
 きっと私は今日・明日中に電話する。
 彼女のメールアドレスから何か思い出せるのじゃないかと思ったけれど、
 アドレスの名前選びのセンスを見ても彼女のことは思い出せない。
 こんなに長い月日が経っても、彼女は覚えていてくれたのに・・・。
 なんだかとても申し訳ない。

 一昨日も、小学校の同級生から突然電話があった。
 同窓会以来5年ぶり。
 特に仲が良かったわけでもないのに、飲みに来いよと誘われた。
 携帯の中には色んなメモリーもあるはずなのに。

 最近、そんなことが不思議と続く。
 秋は豊かな季節だけれど、少し淋しい季節でもある。
 だから旧交を深めたくなるのでしょうか。
 
 ずっと連絡をしていない人にするのはエネルギーのいることだから。
 そんな相手に選ばれるのはなんだか嬉しい。
 私も連絡しそびれている人に連絡をしたくなった。
 
 忘れられているかもしれない。
 返事は返ってこないかもしれない。
 でも・・・
 その言葉にときめいて、あの時連絡しておけばよかったという人がいる。
 なんとなく連絡がしづらくなって、気づいたら疎遠になっている人がいる。
 もしかしたらもう、知ってる住所にいないのかもしれない。
 今夜は意気地のなかった自分を叱咤して、当ての無い手紙を書く。