昨日、猫が死んだ

 昨日、一匹の猫が死んだ。



 灰色の柔らかな5〜6センチの毛が全身を覆っていて、
 遠目からもとても賢そうな綺麗な顔をしていた。



 黒々としたアスファルトの上、行き交うヘッドライトに照らされた中央の白線の上で
 猫はぐったりと体を弛緩させ横たわっていた。



 猫の側を通る車は、灰色のふわふわとした塊が猫だと気づくとギョッとするのだろう。
 一瞬速度を落とし、猫を轢かないよう少し除けながら去って行く。
 もしかしたら止まろうとした車もあったのだろうが、次々とやってくる後続車の波に飲まれていった。
 
 「どうしよう」「何か出来るだろうか」「でも車が・・」「何が・・」
 一時より少し長く逡巡していたその時。



 道端に寄せてあった黒塗りのタクシーから30代半ばほどの女性が二人、
 ダンボールを持って飛び出してきた。
 
 いつからタクシーが停まっていたのかは、わからない。
 彼女たちのタクシーが猫を轢いたのか、それとも猫を見つけて駆けつけてきたのか。
 それもまったくわからない。



 ただ、彼女たちはタクシーの後方のトランクから2枚のダンボールの板取り出すと
 凄まじい勢いで行きかう車の群れの中へ果敢に飛び込んでいった。
 
 1両目の車が慌てて停まる。
 突然の横断に怒ってクラクションを鳴らそうとする。
 その視線の先に倒れた猫を見つけ、振り上げた手をゆっくりとおろし、
 どうしたらいいのかと目を右に左に軽く動かす。
 事情を知らない後続車がクラクションを鳴らし、1両目の運転手の彼女は猫の下へ行く
 2人を避けながらのろのろと道を行く。
 2両目の車もまた、同じように・・・。



 2人の女性は二枚のダンボールを合わせて猫を道から持ち上げようとするが、
 側を通る車に阻まれ、上手くしゃがむことさえ出来ない。
 
 「何かしなくては」思いに背を押され、近くのガードレールの切れ目に走った。
 思ったのは私だけではなかった。
 道の反対側から、白シャツにベージュのズボンをはいたおじさんが飛び出してきた。
 そして、猫と女性たちの前で車にぐっと立ち向かうと交通整理を始めた。
 
 おじさんが車を停め、女性たちが猫を持ち上げ道端へ運ぶ。
 おじさんはそれに従い道端へ行き、まっていた車たちに停止解除と手を回した。
 車は猫と女性たちがいた道をスイスイと走っていった。
 
 猫の腹部は見つけてから一度も動くことは無かった。 



 私は何も出来なかった。
 猫と女性とおじさんがいる道端へ行くこともできず
 駅へと向かった。



 いったい何ができただろう。
 猫を移動させることも車をとめることも出来なかった。 
 私がお金持ちだったり医者だったりすれば
 すぐに診察してやることもできたし、
 猫を連れて行く際の移動費や診察費を渡すことだってできた。
 
 当然医者ではなかったし、
 財布の中身も昨日は特に無かった。
 何も出来ない人間が行っても邪魔になるだけ。
 私は歩いて行くことしか出来なかった。
 
 何が出来ただろう。

あの3人の方がその場、その時にいたことは本当に良かったと思いながら

 「自分にももう少し何か出来たのではないか」そう思えてならない。