夏の涼

 ふっくらとした花びら型をした月が地平線の上辺りを朧に漂っている。
 湿り気のある風が、触れた瞬間の熱さと通り過ぎてゆく涼しさを残して去って行く。
 蝉の声がジージーと風にまとわりつくように聞こえて、夏の真っ盛りにいることに
 ふと気づく。
 
 昼のうち、30度を超える日を幾日もすごしていると、昔見た光景が事あるごとに思い起こされる。



 どこかのデパートに飾られた大きな氷の塊が、目の前でジャッジャと音を立てて
 削られて新しい形ができて行くのを見ていた時の事。
 飛んできた薄い氷片は肌に触れた途端水になって流れていった。
 あの夏は蝉が鳴いていたような気がするし、風鈴も涼やかになっていたように思うのに、
 氷が水に変わった瞬間ばかりを思い出す。



 お祭りで取ってきた水風船を割ってしまったことも合った。
 赤地に青と黄色と白の細線がいくつもの丸を描いていたそれが、ポンポンと叩く
 度、手元に戻ってくるのが楽しくて。
 何度も叩く内ぱしゃっと弾けて浴衣を濡らした。
 顔もぐっしょりと濡れ、何が起こったのかとキョトンとしていると
 右手の中指の先につながったゴムの先に水風船だったビニールの切れっぱし
 が水に触れてつやつやと輝きながらゆれていたのに気づいた。
 魔法のようなワクワクした水風船を膨らませていたのが、ただの水だったことが不思議で
 ずいぶんぼんやりしていたように思う。
 
 あの時の飛沫は驚いたこともあって、とても冷たかったような気がする。
 
 水は、跳ねたり滑ったりだけじゃない。
 しゅわしゅわすることもある。
 小学校の夏休み、少し長く外へいると鼻の脇に汗をかくようなそんなころ。
 プールへいくといつも先生がいた。
 大きな麦藁帽子を白い紐でしめ、白いシャツ、黒いハーフパンツで太いホースを持ち
 みんなが揃う前に少しでもプールサイドを冷ますのだと水を撒いていた。
 
 小学校の更衣室は、人口密度が高く、暑いこともあり、私たちはいつも急いでプールサイドへ
 走った気がする。
 先生が撒く水に踏み込み、しゅわしゅわとした泡が熱いタイルに染む前に足の指の間を
 すり抜けてゆくのをキャイキャイと楽しんだものだ。
  
 山奥の川縁、滝の袂、雨の中。
 この夏、涼んだ瞬間を思い起こして涼を取っている。