宮古島で会ったもの

「昨日まで暖かかったんですよ」と、タクシーの運転手さんが言う。
 半袖を着た宮古島の人達は、予想外の寒さに皆寒そうにしている。
 運転手さんの袖から覗く腕にも、しっかりと鳥肌が立っていた。

 車の免許は2年前にとったきり。
 運転技量は命が幾つあってもなんとやら。
 本人元より周りも怖い。
 両親がゴルフへ行った日は、自転車を借りて島内を巡った。

 この季節、宮古島には強い風が吹く。
 「今の時期、自転車借りる人ほとんどいないから、夜まで貸し出しOK」と、
 係りの人が南国の笑顔で笑う。
 どんよりと曇った空、セーターにウィンドブレーカーの完全防備。
 ホテルの外へと漕ぎ出した。
 
 が、ホテルの出口を間違い、通用口から出た瞬間に自分のいる場所がわからない。
 ホテルの脇というのは分かるのに、目印が何にもなくてわからないのだ。
 ホテルの真横で、畑作業しているおじさんに現在地の御伺い。
 観光地図と、おじさんの言葉を頼りに漕いで行き、地図が読めない自分を再認識。
 目的地設定をあっという間に放棄して、風に向かって行ってみよう!次は左に行こうかな。
 あっちの景色が良さそうな・・あ、この細道面白そう。
 そんなことを考えながら、太い県道、サトウキビ畑の中の細道にどんどん自転車を乗り入れていく。
 
 3mはありそうなサトウキビとサトウキビの間を風に逆らってぐんぐんといく。
 宮古島の電信柱は東京よりも丈が高く、電線の位置も上。
 もしかしたら、サトウキビで電線が切れないようにそうしているのかもしれない。 
 サトウキビは頭にススキに似た穂をつけ、風に煽られてざわざわと大きな音のうねりを作る。
 ふと、その穂がトウモロコシの花にも見え、サトウキビが『砂糖黍』だということを思い出す。
 同じ「黍(きび)」なのだから似た花がつくのは当たり前だと、当たり前のことに思い至って
 1人でクスクス笑ってしまう。

 どこにもあるサトウキビの茎は直径が2〜3cmもあってまるで細い木の幹よう。
 昔の人はそれを手斧で刈っていたというのだからどれだけの労力だったのだろうと思う。
 そして、木々の生い茂ったジャングルのような所を、一面サトウキビの畑にした人たちの苦労を思う。
 珊瑚の島は、掘れば砂利が出てくるだろう。
 土は浅く、人々が実りを求めるような植物は中々根を張りにくかったのではないか。
 そんな風に思った。

 宮古島の道は綺麗に舗装されているところが多く、車は制限速度を守りのんびりとした様子が伺える。
 けれど、島にクラス動物たちにとっては一概にそうではないらしく、少し大きな道には街路樹から
 落ちた実と共に、車にぶつかったらしい鳥の姿が何度か見受けられた。
 この時期、風が強くて低空を飛ぶ鳥が多いようであったのも自己の一因かもしれない。

 舗装された道から、畑の間の赤土の道へと乗り入れると、今度は事故にあった蛙達の姿。
 島の中心地ではまったく見られないその光景を、これも島の一部だと心に刻む。

 右から左、左から右。
 段々に道は分からなくなり、道を聞くにも丈の高いサトウキビ畑の真ん中には誰もいない。
 へとへとになっても、ただ漕ぐしかない。

 宮古島は日本でも有名なトライアスロンの会場だそうだけれど、そんな状況では前に行くしかないと
 思い切れてしまうからだろうかなんて思ったり。
 (レースの競技路はきちんと舗装されたもっと賑やかな道なのだろうけれど)
 強い風にへこたれそうになりながら、またぐっぐとペダルに力を入れた。

 坂を上りきると、長い下り坂。
 海が近いせいか貸し自転車は所々錆びていて、ハンドルを突然動かしたりすると
 鳥のようにキチキチと音を立てた。
 
 舗装された道路の交差点の真ん中で見る空は広い。
 あまり高い建物はなく、四角いコンクリートで出来ている所が多い。
 TVで一般的に見掛ける瓦の家に混じって、黄色や赤に塗られた四角い家があったりする。
 その四角い家を見て、ふとフィリピンなどの報道でよく見る家を思い出す。
 台風が多いところでは家の造りが似てくるのかもしれない。
 
 家並み、サトウキビ畑、家並み・・・・
 ある家の裏手でお墓をみた。
 四角い石造りの廟のような石造りの祠が10以上並ぶ。
 1つの祠が目算で横2.5m縦2mほど。
 1つ1つの祠には違った彫り物がされている。
 
 すこしだけ荒れた草地の中にあったそのお墓は、
 まるで、一つの集落のように見えた。
 お墓の鬱々とした感じはなく、お墓はただ「ご近所さん」達のお家のようで、
 こういうお墓はちょっと良いなとおもった。
 
 足がへとへとになった頃、来間島への橋のたもとに着いた。
 宮古島から1.5〜6キロ程の場所にある小さな島で、宮古島からは橋伝いに行くことができる。
 
 もうくたくたのくせに、どうしてもそこへ行きたくなって、
 ペダルを踏んだ。
 脇を車が勢いよくかけっていく。
 海の上を行く橋は風が凄まじい圧力で襲ってくる。
 台風のような風の強さに掬われ、
 1m以上ある橋の欄干から海へ落とされてしまうのではないかと
 背中に冷たい汗が流れる。
 
 振り返れば橋も中盤、ただ、前へと進むのみ。

 脇を通る車も、強風にゆらりゆらりと揺れる。
 
 眺望はいいのだけれど、橋を渡る間は車も怖いのだろう。
 橋を抜けると車は勢いよく島を駆け上っていく。
 
 石油は疲れを知らない燃料だが、人間は違う。
 橋が終わってすぐに始まる急坂にげんなりとしてしまったその時。
 橋のすぐ脇に小さな道があるのを見つけた。
 
 ベージュの石畳で舗装されたその小道は、あまり人が来ないようで石畳の間に丈の高い雑草
 気持ち良さそうに生えていた。
 奥へと続く道はうっそうとしてうかがいしれない。
 何て魅力的なのか・・・・・。

 自転車を止め、奥へと進んだ。
 突然、ディズニーランドのアトラクションで見るような
 ジャングルの雰囲気を持った道があった。
 へんな言い方だけれど人工の、人がイメージする穏やかなジャングルの小道。

 頭上高くに緑の天井、絡まるツタ、小さな小鳥たちの囀り。
 思った以上に長く、上下し続く道を行く。
 外よりも、緑のアーチの中は随分暖かい。
 湿り気を帯びた空気が、優しい花の香りを運んでくる。

 いつの頃、どこから落ちたのか、大きな枯れ葉が道を覆い、足元でかすかな音を立てる。
 ほんの少し向こうに車の通る道があるとは思えない。
 先ほどまで見ていた世界とはまるで違う世界で、秘密の花園へ潜り込んだような気がする。
 外は、東京と変わらないような寒さなのに。

 その時、目の端を何かが動き、どきりとそちらを振り返ると・・・
 頭の上を数匹の蝶がふわふわと飛んでいた。

 こんな寒い時期に見ることなどないと思っていたのに。

 その羽は、開くと柔らかな光のこぼれるようなミントグリーンで、
 どこか外の世界と隔絶されたような小道にしっくりと溶け込んでいて。
 声が出なかった。
  
 ふわふわと行く蝶にふらふらと付いて行き、
 ぼんやりとそれを眺める。
 
 人工的なのに、人に忘れられたようなその小さな緑の小道は、
 時間にさえも忘れられているかのように時がゆっくりと流れていた。

 その小さな道で過ごした時は、宮古島で一番忘れられない時間になった。