一期一会

 北風に、音を立てて欅並木の梢が揺れる。
 ザザ、ザザァと頭上に音の道が行く。
 先の尖った薄茶の葉っぱが、次柄次へと降ってくる。
 道路は所々に枯葉の吹き溜まりを作り、カサカサ、カラカラと葉の転がる音に満ちる。
 そうして枯葉たちは車が通るたび、クシュッ、カシャッと音を立てて四散する。
 
 誰かの足元で、木の葉の吹き溜まりが蹴散らされていく。
 木枯らしは、道行く人々の距離を縮め、
 時折悪戯のように枯葉を人の襟元へと差し込んでゆく。
 衿元から忍び込んだ欅の葉に、冬の寒さを感じた。



 ふと、感じた寒さに、先日見つけた小さなお店を思い出した。
 何の気なしに通った細道。
 暗い道に一軒だけポツンと灯りを道に落としていた。
 その寂しそうな情景が妙にこの寒さと結びつく。



 お店の中では全然寂しくなかったけれど・・・ 



 
 暗い細道なのに、明かりのついたその一軒に妙に惹かれて、
 よばれるようにふらりと入った。
 ショーケースに商品は無く、あるのは保存性の高い焼き菓子のみ。
 ぼんやりと焼き菓子を物色していると、
 お店の人に「お客様でキャンセルが出たので、ケーキ召し上がりませんか」と聞かれ
 即座に頷きカフェに入った。
 
 カフェにいるお客さんは1人。
 ケーキを譲ってくださってありがとうと言うと、
 「僕はまだありますから」と彼は言った。
 空っぽのショーケース、まだあるケーキ。
 「雑誌か何かの取材ですか?」と聞くと、「いえ、いつもなんです」と笑う。



 喋っているまにケーキが来て、
 「この青りんごのムースが、チョコのスポンジが・・・美味しい美味しい」と食べながら
 ふと横を見ると、彼の前には二皿目。



 幾つ召し上がるのかと伺うと「いつもは3つと」照れくさそうに彼は笑った。
 そうして「差し上げたのも美味しいんですが、これが又美味しくて・・・」と、
 二皿目のチョコのタルトを切り分け譲ってくれた。
 ほろ苦く甘いチョコのタルトはサクサクとしたタルト生地と絶妙のバランスで、
 「美味しい!」というと、「そうでしょう」とあちらもニコニコ笑う。
 「お気に入り、貰っちゃって良いんですか?」と、既に食べつつ念を押す。
 
 彼はふふっと笑って
 「僕はね、この店が神戸にあるころからっ通ってて、これが特に大好きなんです」
 と嬉しそうに嬉しそうに残りのタルトを口へと運ぶ。 
 「東京から?」「ええ、東京から」
 
 きっとお互い食いしん坊なのが分かるのだろう。
 「美味しいものにはそう、そうしますよね」そんな思いを目と目で語った。
 そんな気がした。
 
 お店に入りはしたものの、次の予定が迫ってて、
 「譲ってくださって有難うございました」と席を立つ。
 
 そうして小さな焼き菓子を買い、お店の人にそっと頼んだ。
 「あの人の会計の際、ご馳走様と渡してください」
 お店の人は目をきらっとさせて「いいですね」と共犯者となりフフッと笑った。
 
 頂いたケーキのタイプを考えるに、きっとこの焼き菓子がお好みだろう。
 そんなことを勝手に考えサプライズ
 ご馳走様の小さな気持ち。



 驚かれる、その瞬間が見られないのは残念だけど・・・
 口福の機会は一期一会なものだから。



 帰宅して、そのケーキ屋さんを調べてみると、
 午前中にはショーケースの中身が売切れてしまうという超有名店だったと知った。
 私がふらっとお店に寄った時間は18時過ぎ。
 譲ってくださった方は常連で、特別にケーキストックされていて・・・。
 その前でも後でもきっと駄目。
 本当に一期一会の時だったのだと。
 いつかどこかでまたお会いする機会があったら面白いのだけれども。



 人と人とは、何かしらで擦れ違い、何かしらが生まれる。
 ほんの一時の邂逅であったにせよ、そうしたささやかな日々の想い出はほこほこと胸を温める。
 
 どうぞ皆様にもちょっとした
 嬉しい出会いが沢山ありますように。



 因みに、私が偶然入ったケーキ屋さんは
 西洋銀座裏手のイデミ・スギノというお店。
 もし、銀座で午前中にぽっかりとあく時間があったら、立ち寄ってみるのも良いかもしれません。