泣くなよ 泣かないよ

 台風の夜。
 
 家ごと吹き飛ばしそうな風の中で、
 もしも今、屋根が吹き飛んだらどうするだろうと考えた。
 小さな頃に見た人形の家のように屋根がガポっと外れて、
 雨と風がドウドウと部屋の中を駆けずり回り、
 本を巻き上げ、布団を濡らし、友人からの手紙や写真をあっという間に二度と戻せぬものにする。
 私が布団の中で目を丸くしている間に、そんな風になってしまうのではないかと思い巡らす。

 風は幾度も家を揺らし、窓の向こうで何処かから飛んできた何かがぶつかる音がする。
 バタバタと叩きつける雨は右へ、左へビョウビョウ。
 台風の日の風は、空の上と下とで向きが違うことも多いようで風が縦横無尽に音を撒き散らす。

 ふと、友人の乗った飛行機はフランスへ向け、今どの辺りを飛んでいるかと思う。

 先日、友人が日本へ里帰りした。
 改札の待ち合わせ。一緒のご飯。
 仲良し3人の待ち合わせ。
 1年ぶりに会う友人の姿が、本物かどうか知りたくてじっと見る。
 頬っぺをつっつく、笑う、手をつなぐ。大騒ぎ。
 
 相変わらずの彼女が、相変わらずの日本へ来て、相変わらずの私達に会い、
 相変わらずの会話をする。
 色々変化はあったはずなのに、まるで昨日の同じ時間に会ってたみたいに、
 時間はするすると流れ出す。

 一緒にいることに違和感が無さ過ぎて、どれくらいぶりなのかと、指折り数え、
 おかしいね、「誰のせい?」「みんなのせいね」と笑う。
 メニューを見ながら、あれ食べよう、これ食べよう、今日はお酒は・・・
 と好きにわいわい言いながら、これからのこと、それからのこと、これまでのこと。
 会えたら話したかったこと、会話は途切れることが無い。
 みんな随分溜め込んでいたらしい。

 泣いて、笑って、真面目して。
 何取り繕うこともなく、一緒にあれる友人てなんて不思議なんだろうと思う。
 他の席にいた人にとっても不思議な集団だったと思うけど・・・。
 
 ただ長く一緒にいればそうした友人になれるというわけじゃない。
 誰でも良いというわけでもない。
 全然違う場所にいてもそれぞれの時間が繋がっている・繋がっていたい。
 そんな風に思える人と巡りあえている自分は、やっぱりとても幸せ者なんだと思う。

 彼女がフランスへ帰る前夜。
 二人でご飯を食べた。
 お魚をつっつき、お櫃からごはんをよそう。
 なんとなく、入ったけれど当たりだったねと言いながら。
 とりとめもなく話し、時間を惜しんだ。
 数日前にあったもう1人のお仲間がとても綺麗になっていたね、なんて言いながら。
 
 駅まで二人、手をつないで帰った。
 電車の中でも、途切れなく話した。

 別れ際、彼女は私の顔を見て「泣くなよ」と、男の子みたいに冗談めかして言った。
 思わずツンと目頭が熱くなったけど、「泣かないよ」と、私も言った。
 彼女の目は赤い。
 またしばらくは会えない。
 「泣くなよ」と私も言った。
 彼女はふふっと笑った。

 それ以上何も言えなくて、見つめ合って「またね」と言った。
 改札を出て行く彼女は何度もこちらを振り返った。
 私も何度も手を振った。

 彼女の姿がなくなって、なんだか泣きたくなった。
 彼女の赤い目を思い出して「泣かないぞ」と笑った。
 まだしばらくは、日本に腰を落ち着ける気はないらしい。
 また長く彼女に会えない。
 それがとても淋しい。

 帰国時、
 「私がいなくても泣くんじゃないぞ」とメールを送った。
 彼女から「泣くなよ」とメールが届いた。
 思わずうるっとして「泣かないよ」とメールを返した。

 次はいつ彼女に会えるだろう