旅行でちょっとありました

 
「1人で海外に行くと何かが起こる」
 起こるトラブルの深刻度は距離に比例するかもしれない。
 
6月、友人が韓国で式を挙げるというので成田へ向かった。
 1泊2日の強行軍。

 国同士の取り決めがあるようで、一泊二日の運賃は二泊三日の倍以上。
 「一泊の滞在ではお金を落としていかないものね」
 と、変なことに納得してみたりする。

 下手すると、飛行機は離陸・着陸しか覚えていないという私。
 時差ボケ経験ゼロの原因は、飛行機に乗ると条件反射的に寝てしまう癖にある。
 離陸前、既にすうすう寝ていた私を、隣の人がそっと起こした。
 
 寝ぼけた耳に、
 機内にいる全員に、手荷物を持って外へ出るよう指示するアナウンスが飛び込んできた。
 「・・・急病人が出たため、保安上の点検を致します。手荷物をお持ちになり飛行機の外へ・・」
 
 急病人が出た際の点検理由が、何故「衛生」でなく「保安」なのか、一体どんな点検なのかと
 疑問を持ちつつ、入ったばかりのゲートをくぐる。
 既に出国手続きをしたものばかり。
 
 空港のゲートの前に戻ったものの、再入国(?)するわけにもいかず、
 手荷物を持った難民たちは、芋洗い手前程度の密度で待ちぼうけ。
 どこかに座るほどのスペースもなく、友人の結婚式に間に合うのかは飛行機次第。
 焦っていても仕方ないので、とりあえず脇の人と話をしてみる。
 左の人は親子で旅行。前にいる人はビジネス。隣の人は会社友達と有給使って行くところ。
 
 待っている間はそんなに大してなかったものの、みんなでわいわい話す間に情報錯綜。
 デマが出てくる。
 
 曰く、「病人は1人」「病人は5人。食中毒か」「病人は社員旅行の人達」
 「二階の乗客」「車椅子の人が病人、付き添いの1人は奥さん、1人は息子、3人降りた」
 「病人は複数。つながりは無し」・・・・。
 
 こんな話が多寡だか30分前後の間に、不安を持った人々の間を駆け巡る。
 きっと誰かが言った言葉を誰かが拾い、その言葉を誰かが繋げて編集し・・・。
 ほんの少しの間にこんなに矛盾したデマが発生するのだから、
 はっきりとした情報が得られない時の人の言葉・想像力とは怖ろしい。

 その上、飛行機に戻って飛ぶとなったら、みんな「びっくりしましたね」と言ったきり、
 不都合も、デマのあったこともすっかり忘れて日常的な旅モードになっている。
 耳をすませつつ、席に着いた途端、早速眠るための体勢を整えた私が言うのもなんだけれども、
 その割り切りというか、切り替えの見事さになんだか呆気にとられる。

 たしかに大したことではないのだけれど、
 改めて人間というのは実に見事に状況に順応できるものだと思えてしまう。
 
 
 そして、今回の旅行では1度大きなトラブルを経験すれば、
 少しばかりで動じることがなくなる(もとい腹くくりやすくなる)ということを知った。
正月の飛行機さよなら事件にくらべればなんのことなし。
 

 ソウルから空港へ送ってくれたバスを最後に降りると、
 見知らぬ誰かのトランクがポツンと私を待っていた。
 日本へのお土産、式用のワンピース、式用の靴、友人からの引き出物・・・
 無記名の見知らぬトランクに私の荷物があるとはとても思えず、
 トランクを掴むとインフォメーションに向かって即座に駆けった。

 ラスベガス帰りのトラブルに比べれば、パスポートもチケットもある。
 何とかなると即座に思った。
 
 鍵もかからず、名前のカードも見えないトランクを、
 インフォメーションの女性の前にドカリと置いて、
 「誰かが私のカバン持って行ってしまったの!バスで間違えられてしまったの!
  名札がないの!私のカバンは名札があるからアナウンスして!」と、
 頼む事にためらいは無し。
 
 英語力が無かろうが、言わなければカバンはずっと行方不明。

 インフォメーションの女性が見知らぬ誰かのカバンを開けると、
 中にはぎっしり男性用の白い服。
 当然、私の荷物ではなく、
 彼女がごそごそと身元の分かるものを捜すも・・・見つからず。
 「あなたの荷物に名前はあるのね?」と念押しされてアナウンス。
 
 彼女に私の名前でのアナウンスを頼んで20分。
 日本人のカップルが凄まじい勢いで駆けて来た。
 「よかったぁ」と、脱力しつつ
 「見つかったし、大丈夫です」と笑う私に、
 「すいません」「すいません」と謝りながら、
 新婚旅行で来ていたらしい間違え主が私へ訊いた。
 「やっぱり名札って、付けてた方が良いんですかね?」
 
 ・・・・・・・・・・・・・なんでそんな事を聞くのでしょうか。
 「・・・そうですね、あった方が良いかと・・・」と答えつつ、
 その判断は御自分でと、つい思った自分は意地悪でしょうか・・・。

 まったくそれにしたって旅行は何が起こるかわからない。
 何が良くなり、何が悪くなるかも同じこと。
 
 トランク捜しのアナウンスで流れた名前をチェックインカウンターの女性が聞き覚え、
 「トランク見つかってよかったわね。」と言いながら、
 座席をビジネスクラスにアップグレードしてくれた。
 
 最終的に何が幸いするかは最後になるまでわからない。
 無事に友人の式に出席し、無事に荷物を持って、良い気分で帰国する。
 いやいやなんとも『禍福は糾える縄の如し』の空港沙汰でありました。