丸の内ストリート陸上

空を飛べたらどんな気分になるだろう。
 
 しばらく前、為末大選手(ハードル)主催の丸の内ストリート陸上を見に行った。
 
 行きたいと思ったメインの理由は4つ。
 以前、テレビで為末選手のレースを見て、綺麗だと思ったこと。
 ミリオネアで掴んだ1000万円をこのイベントにつぎ込んだこと。
 そして棒高跳びがあること。
 ビル街で行われるという光景を見てみたいと思ったこと。
 
 プロのアスリートの出場時間に合わせてイベント会場に到着。
 閑散としていた道の角を曲がると、そこは人で溢れていた。
 幅の広い歩道の内側は、観覧席と称してロープで取り巻かれた
 3重、4重の人垣。
 ロープの外側には警備の人が2m間隔で陣取って、中に入らないように見張っている。
 歩道の端やビルの窓には鈴なりの人、人、人。

 為末さんは多くの人に見てもらいたいと思ったのかもしれないけれど、
 観覧席の外側で少しでも立ち止まると、
 「止まらないでください」「レースが中止になるかもしれません」と、耳元で拡声器を使い
 注意してくる。

 せめて写真を撮ろうという人のカメラの前に手を出して、
 「動いてください」「立ち止まらないでください」と言う。
 日曜で、閉じている店の階段や敷石の上で伸び上がる人にも、
 「店に迷惑だからどくように」という。
 閉まっている店の前で立ち止まることさえも禁止されてしまうほど、
 何処から来たかと思うほどに人の数は多い。
 あまりの人の多さ、暑さに警備の人も言葉がどんどんきつくなるのも仕方が無いことかもしれない。

 けれど、何のために来たかといえば、やはり走る姿、跳ぶ姿を見に来たわけで、
 怒られぬはずの警備の外側の歩道をひたすらグルグル歩く。
 真っ赤な帽子。真っ赤なヒール。
 随分目立つ格好で、実におとなしく言うことを聞く。
 それでもレースが垣間見れれば、誰かが一瞬どこかで止まって、
 やっぱり私も「止まるな」と、怒られる。

 着いてしばらく。
 棒高跳びの有木さんが、リハーサルを兼ねてなのだかグインと跳んだ。
 跳ぶ前の、走る姿は全く見えない。
 ぐるぐると、歩きながらも、
 観覧席(部分)の人たちの頭とカメラの向く先を追いかけていたら、
 軽く棒が地面に当たる音がして、見ると、空を人が飛んでいた。
 
 人の頭も、報道陣が設置した高いカメラのタワーよりも空に近いところを。
 有木さんは飛んでいった。
 瞬間、時間も人も間延びして、有木さんが誰かの頭の向こう側に消えると、
 誰の口から出たとも知れない歓声が上がった。
 凄いものを見た時、人の口から出てくる音は、何と表現も出来ないし、
 誰から始るともわからない。

 ただもう、なんというか。
 人が空を飛んでいったというので皆興奮していた。 
 棒高跳びが小学校の授業であるなら、
 きっとみんな棒高跳びの選手になりたがるに違いない。
 
 こんな間近で見る機会が、もっと小さい頃にあったなら。
 そして練習する場所さえあったなら、きっと私もやっていた。
 人が空を飛んでいく姿はひどく鮮烈な印象があった。 
 
 本番では、跳ぶ前に観客が拍子を取って拍手し、
 有木さんが飛ぶのを待った。
 100mもないような道を人が埋め尽くし、
 空を行く人を待つ興奮が包んだ。
 
 スポーツとの最高の関係は、
 本当はこういう素朴な期待感と興奮に包まれた関係なのかもしれないと、そんな風に思った。

 残念ながら、為末さんや朝原さん(100m)の走りは、
 誰かの頭と体の隙間からは殆ど見えず、心残りはあったけれども、
 時間を止めて空に飛び込んでいくような姿が心にしっかと焼きついた。

 終わりの挨拶の際、為末さんがこのイベントを開いた理由としてこんなことを言った。
 「初めての国際大会はシドニーオリンピックだったのですが、
 観客が10万人以上いて、その後日本に帰って日本選手権に行ったら
 観客が1000人ぐらいしかいなかったんです。
 『俺が命を懸けてきた陸上はこんなもんだったのか』ってショックでした。
 
 俺達の世代はバルセロナとか(名前忘れちゃった)を見て育ってきました。
 俺達が選手としてやっていけるのはあと数年です。
 その後は今日きたような子供達が担って行くでしょう(小学生とのレースなどもありました)。
 俺達がこうやっている姿をみた子供達が、これから先20年たって、
 陸上が野球やサッカーの次ぐらいに人気のあるものになるよう、
 これからも色んな企画をしていきたいと思います。
 だからどうかみなさん、応援よろしくお願いします。競技場へ来て下さい」

 ほとんど見えなかった為末さんのハードル姿。
 見られたら、きっと感動できたのだろう。
 けれど自分とさほど年の変わらないはずの彼の言葉が、
 自分の現役としての力の衰えと、その先を見ていて、心が震えた。


 競技場へ人が行かない。
 行かなければ、選手としても、自分は自己満足へ競技しているのではないかなどと
 思ってしまうのではないだろうか。
 サッカーや野球なんてものではない。
 陸上の競技場には人が殆どいないなんてことはざらにある。 

 私は、知り合いに陸上選手だった方がいた関係で、
 多分普通の人より陸上というものへの敷居は若干低い。 
 それでもやっぱりTVで見るばっかりで競技場に足を運ぶことはない。
 興味がないわけでもないのに、誘われないと行かない。
 
 なんで自分が行かないのかと言えば、いつ、どこであって、目的の人はいつ頃出るのか。
 競技の見方は?なんて疑問がわいたりするから。
 それに、陸上競技を見に来る人って基本的に身内と競技者で、
 私みたいに見てるだけ人間にとって、競技場はいる理由がないとちょっと居心地悪い場所。

 いっそ「〜大会ご招待」なんて企画があったら、
 「素人でも行っていいんだ」と、ミーハーな私はふらふら行ってしまいそうだと思う。
 これからも色々なイベントを考えていくといっていた為末さん。
 連動して、素人がミーハーにいける企画をいくつかお願いしたいものですが・・・