そっと見掛ける

 最近よく通る道。
 
 ちょっと前まで
 ジャスミンの白い花の群れがどこかの家のベランダから垂れ下がり
 甘い香りをさせていた。

 少し前の晩。
 中東のどこか出身のような男性が、真っ白な花の群れの前で目を閉じて深々と息を吸い、
 沢山の花の中からこっそり一枝を手折ったのを見た。
 キョロキョロと周囲を見渡し、
 4つほど花のついたそれを大切そうにしている姿はなんとも言えなくて。
 本当はいけないことなのだろうけれど、
 咲き誇る無数の花の姿と「花盗人は・・・」の言葉を思い出して口を噤んだ。
 
 大切そうに持ち帰っていたあの花を、彼はどうしたのだろう。
 誰か上げたい人がいたのだろうか。
 それとも家のコップにでも挿しただろうか。
 
 なぜだか、
 小さな1人用のテーブルに白いテーブルクロス。
 シンプルな硝子のコップにそっと入れるのじゃないかと思った。
 花が枯れるまで、彼の部屋にはあの優しくて甘い香りが漂っただろう。

 花の前でうっとりと立っていた姿が忘れられない。

 そのジャスミンの花の群れも
 すっかり枯れ、萎れてしまった。
 今はもうあの素敵な香りも少なくなり、
 緑の葉の上に薄茶色に変わった花々の残骸の間に
 白い花がポツポツと残るだけ。

 早、季節はジャスミンから薔薇へと移行している。

 そういえば、
 ジャスミンの花盗人を見掛けたのと同じ道に好きな人がいる。
 ここ何ヶ月か、その人の姿を見るのが毎朝楽しみで仕方ないのだ。 

 ちょうど道が緩いカーブになっている所。
 その角の1階に、大きな窓がある。
 夕方になると閉まるブラインドは私が通る頃には、
 しっかりと開いていて中が覗ける。
 
 中に1人の女性がいる。
 私は彼女のファンなのだ。
 
 窓の前を通る2〜3秒の間に、私はいつも彼女を眺める。
 40代か、50代か。
 服装は今時ではないけれども、キチンと。
 髪をキュッと一つに括り、姿勢をぐっと良くして、
 
 彼女はパソコンに向かっている。
 新聞を読んでいる。
 難しそうな顔で考えている。

 決していつも晴れやかな顔をしている訳ではないけれど、
 いつもいつも一生懸命誠実に生きている人というような気がして私は好きだ。
 
 彼女に特別な何かがあるという訳ではないのだけれど、
 何だか妙に気持ちが惹かれる。
 
 まだジャスミンも香らぬ頃の昼間、
 その窓の前を通るとアルバイトのような人達に
 彼女がてきぱきと指示を与えているようだった。
 
 きっとあの会社の社長さんなのだろう。
 
 一緒に仕事をしたら、完璧主義かもしれない。
 几帳面で、きっと誠実。
 柔軟性あり。
 無駄話は好きじゃないけど、人が話すのを聞いているのは好き。
 プライベートと仕事はきっちり分ける。
 
 そんな人じゃないかと勝手に私は考える。
 本当の所は全くわからないけれど。
 
 なんとなくいつも見掛ける彼女のファンになってから、一回か二回。
 目が合って、どちらともなく会釈をしただけの仲。

 きっとこれからもずっと話すことはないのだろうけど、
 私は彼女のピンと背筋の伸びた背中を楽しみにその道を通る。
 もう一度会釈することぐらいは、そのうちあるだろうとたくらんで。