淋しがり家
今日、イタリアの彼女は家を出て行った。
彼女のいなくなった家はいつもと変わらず温かいのに、
何かがぽかっと抜けてしまったようで少し寒いような気がする。
母がぽつりと「家族をお嫁に出したみたい」と呟いた。
私の妹が嫁した時も、家の中はお通夜みたいでね・・・・向こうはお祭り騒ぎしてるんだろうけど。
家の中がシーンとして感じて、こんな感じだったわよ。
と、母が言うのに「そう」とだけ相槌を打ち、私達は黙々とパソコンへ向かう。
何か淋しい、でも、話したいわけでもない。
ぼんやりと有線から流れる音を聞き流し、部屋にはキーボードの音だけがパチパチと響く。
お昼間、一緒に散歩へ行った。
空は少し濃い水色で、雲は一筋の影も無く。
日差しは少し強くて暖かく、
乾いた冷たい風が吹く中を中々温まらないホカロン持っててくてく歩いた。
梅の木の前を通るたび「この木は何ですか」と問うてきて、
「日本の屋根がみんな三角形なのは雪が降るせいでしょう?」とにっこり笑う。
母と私と3人で、後ろから車が来ただの自転車だのと、きゃあきゃあと言いつつ避けて小道を歩く。
良い香りに誘われて、コーヒー豆を途中で買って、帰りに茶店で抹茶を楽しみ、
「寒い」「寒い」と呟く母に、私と彼女のホカロンとを争うように進呈する。
日本は面白い。
日本は不思議。
なんであんなに「いらっしゃいませ」というの?なんだか賑やかで目が回る。
スパイみたいな格好で挙動不審な人がいる。変わった格好の人がいた。
「牛乳」と「授業」は彼女の耳には全く同じ音に聞こえる。
食べる時、「(命と御飯)頂きます」の意味がさっぱりわからない。
イタリア語のボナペティート=「美味しく食べてね」「美味しく食べます」と違います。
ご馳走様ってなんですか?
一生懸命辞書を持ち、質問してきた彼女が消えた。
一緒のたった一ヶ月。
引越ししただけ、まだ近く。
それでもやっぱり・・・・・・もう淋しい。
ついさっき、あちらの家へ着いたと電話があった。
昨日の晩。
餞にと上げた兎の張子に大喜びした姿はまだ鮮やかなのに。
電話の向こうで、彼女が淋しいと呟いた。
まだ行って2時間。
嬉しいけれど今度はお友達との同居。
いつでも来てねと代わる代わるに言って電話を切った。
私と母はまだ話さない。