イタリアの女の子

ベランダの梅は紅い花びらを押し広げ、庭先には蕗の薹が顔を出す。
 陽射しはとろとろと春の風情で、気の早い辛夷が一つ、二つ、咲いている。
 どれらも随分と気が早い。



 梅の花にはあまり変化を感じないものの、
 今年の辛夷の蕾は例年よりも一回り以上小さくて、
 銀色の毛に覆われた冬芽で耐えるべき寒さと時間が明らかに少なかったのだろうと思わせられる。



 今年の始まりからこんなに暖かくて、今年の夏はどう過ごせば良いのか気に掛かる。
 
 先日からイタリアの留学生が我が家に来ている。
 1ヶ月だけのショートステイとは言うものの、文化の違いというのは中々面白い。
 
 例えば、イタリアのお客さんは上げ膳据え膳。
 お客さんが何かを「欲しい」と言うのは不躾らしい。



 イタリア在住経験のある方も、
 イタリアへ行くと「あれはどうだ」「これはどうだ」と進められるばかりで
 「欲しい」と言った事がないという。



 けれど、正直そんなに上げ膳据え膳してもいられず、 
 「欲しい」と言わないものを「欲しい」かどうかもわからずに、
 ニコニコ会話をしながら受け入れ側は「この人は何が欲しいのか?」と、困惑することになる。
 「好き?」「欲しい?」と聞いていつも受身ではやはり心配で仕方ない。
 あちらにしても、本来ならば上げ膳据え膳の筈なのに・・・と、少々冷たく感じた様子。
 
 頃合を見て、不思議を語って大笑い。
 来日3日で受身を卒業してくれた。
 はっきりと「好き」や「欲しい」を言われるのは心地いい。
 
 同い年の女性。
 あっという間に仲良くなったある日、彼女が手紙を書いた。
 大好きな婚約者にあてて。
 ふと見ると、表書きの名前の前に「×」がある。
 もしかして間違えたのかと「新しい封筒を上げましょうか」と訊ねると、
 にっこり笑って「いらない」と言う。
 
 イタリアでは「×」は「To」代わり。
 〜宛ての際には「×」を「名前の前」に置く。
 「×」は間違いの意味でない。
 これには結構驚かされた。
 
 御飯の習慣も随分違う。
 朝はシリアルちょっとかチョコを一片、もしくは何も食べないか。
 昼はパスタをたっぷり、夜はお肉かお魚のメイン1品のみ。
 しかも20時を超えてから食べるのだとか。



 日本に来た最初の頃は、おかずの多さは勿論のこと
 朝も昼も夕しっかり食べる我が家の習慣に驚いていた。
 
 日本人の私からしたら、イタリアの人は随分食べているように思うのだけど、
 油分の多いものをしっかり食べて時間をかけて消化しているのでしょう。
 実像は案外イメージと異なっていて面白い。



 イタリア人は基本的に夜コーヒーを飲まない(朝〜昼間ばかりで夜はお酒)ので、
 日本人は何故(レストランで)夜に飲むのかと聞かれてしまう。
 
 うなぎが嫌いだと言って、
 蒲焼を美味しいと言い、「日本のうなぎは美味しいと笑う」
 お腹の具合が悪い時は「イタリアでもそうするのだ」と、
 おかずを食べずに白米だけをただ食べる。



 一ヶ月はあっという間で、
 来た当初のイギリスの空港でのトランク行方不明事件(来日3日目に到着)。
 クレジットカード使えません事件・・・・などなど。
 大小のトラブルが起きては過ぎた。
 
 トラブルに一緒に一喜一憂し、辞書を片手にイタリア語→日本語、
 日本語→英語、英語からイタリア語へと伝えたい言葉を捜して連日連戦。
 夜中には内緒話に恋愛話。
 日本語学校の教材を基にした予復習。
 教科書より実践と、笑ったり驚いたりをしながら沢山話した。



 イギリスから日本までのファーストクラスが7万円そこそこと言う信じられない話から、
 日本人は随分と足元を見られているんじゃないかという話になったり。
 震度2を経験したら、一晩眠れなくなり、地震はいつもどの位の間隔であるのかと聞かれたり。
 地震の際の対応も随分違う。
 日本でいうお・か・し(押さない・駆けない・喋らない)を言えば、
 イタリアでは地震があったらすぐ走って逃げるようにと習ったと話す。



 一ヶ月で随分仲良くなった彼女もあと1週間もすれば家を出て他へ行く。
 6ヶ月は日本にいる予定だけれど、ここまで仲良くなった後では淋しい。
 
 けれど、彼女とのお別れが例年のように寒い日ではないだろうことだけはちょっと嬉しい。
 寒い日のお別れは淋しさが際立って妙に切ない。