初春の食い意地

昼間、雪が降っていると聞いて外へ出たものの、
 そこには凍えるような空気と濡れた道しか見当たらない。
 
 只中にいるものとしては寒さを感じるものの、例年に比べれば随分と暖かいこの寒さ。
 雪との邂逅を逃すのは随分と悔しい。
 ベランダの梅のふっくらとした紅い蕾を見るに、これから雪が降るかどうかは怪しい所。
 
 梅や桃、桜の花にうっすらと季節外れの雪が重なって、
 ほんのりと雪を染めるのなどまさに夢のように思えるけれどこの暖かさ。
 今年は見られるのかどうなのか。
 
 かろうじて霜柱は見つけたものの、池面や道端に張った氷の姿とは未だ再会ならず。



 早、春先の風情に押されるように
 黒い地面の中に蕗の薹がいるのではないかしらときょときょと捜す。
 あんまり食べると顔面に、別のものが芽吹くのだと言われても、
 天麩羅や蕗味噌のほろ苦くて甘い味には滅法目がない。
 我が家の庭にはまだ無いが・・・・。
 
 菜の花のお浸しを楽しみながら
 今年は随分暖かいから、
 ワカサギ釣りの人達が座る氷の厚さも危ういものではないのかしら、
 そうしたら私が食べられるワカサギも減ってしまうのではないかしら?
 「・・・それはとっても嫌だなぁ」と、
 人の安全よりも自分の食い意地に特化したことを考える。
 
 胃袋メインの思考は本能に近いせいなのか非常にエゴが強くなる。
 美味しいものはしっかり食べたい。
 食べ逸れてなるものか、と、実にこれが浅ましい。



 今年はまだ、下鴨茶寮の鴨鍋を食べてない。
 冬のうちに食べておかなくてはならなかったのにと悔いがのこるもの
 鶴屋吉信の福ハ内を食べてない。
 仕方の無い理由によって、七草粥も・・・
 早く早く春を食べたいと心が騒ぐ。



 木の芽和えも食べたい、山菜の揚げ物、シラウオ
 何もかも。
 
 108つの鐘の音を聞いてないせいか、
 今年になっても食欲はじめ煩悩は既にあれやこれやと産声を上げ、
 いずれは108つに納まりきらないのではないかと今から今年の末が見えるよう。
 
 美味しい春を沢山食べて、
 移り行くまま体も春の模様替え。