我儘願いの室内日

風邪回復期。
 家の中にいると本屋にも行けず、人にも会えず、
 楽しいことといったら新聞を読むことと、ぐだぐだと物を考えることと、
 物を美味しく頂くこと・・・。
 人と新しい本に会えないことを除けばさほど苦痛なことではない。
 
 が、せっかくの12月の休日。
 イベントは目白押し。
 バリから2年ぶりに里帰りしている友人もいる。 
 今を逃せば新年を迎えてもいつ会えることやら・・・。
 12月は大急ぎで再会し、関係を確認し、次の年へ繰り越すための大切なシーズンでもある。
 寒い中へ出て行くのは嫌にせよ、窓硝子のこちら側でじっとしていなくてはいけないのは少々悔しい。
 
 母が体調を崩した私の為、ついでに買い物をして来てくれるという。
 悔しさを食欲へと転化させ、悔しさの分、母へ甘える。
 泉屋のクッキー(小袋)、干し杏(日本又は米国産)、干し芋(丸干)。
 どこどこの店にあるからと言うのが図々しいが、まぁ可愛らしい我儘・・・の筈と信じて。



 母が買い物に行っている間に鍋でコトコトとミルクティーを入れる。
 泉屋のクッキー用だ。
 その後小休止の後、日本茶を置いて干果を頂くのだ。
 
 ミルクティーも様々に種類はあるけれど、
 私は目分量でお湯が沸いたらアッサムの茶葉を入れ、
 砂糖、ジンジャー、カーダモン、メース、ナツメグ、シナモンを次々投入。
 程よい濃さでミルクを入れる。
 スパイスの香りが台所一杯に広がると、クッキーがやってくるのが楽しみで仕方なくなる。
 
 クッキーが好き。
 最近のものも美味しいけれど、どちらかといえば昔ながらの味が好き。
 泉屋のものも、村上開新堂のものも好き。
 どちらもクッキー自体は文明開化の頃のものだからなのか、
 それぞれの趣は家庭用とそうでないのと違うのだけれどどちらもやはり美味しくて楽しい。



 弱った時はざくざくと頂きたいから、たっぷりミルクの入った紅茶のカップを抱え、
 しっかりと焼き色のついた素朴な泉屋のものが無性に嬉しい。
 
 ガスを切り、ほわほわと立つ湯気をそのままに母を待つ。
 
 必ず来るという人を待つのは楽しい。
 いつ帰ってくるかがわからなくても、その分待つ楽しさが長くなる。
 
 風邪を引いた後だから、水分は取らなくちゃねと、今度は薬缶に火をかける。
 シュンシュンと楽しげな音を背中で聞きつつ、ポンと音を立てて茶筒を開ける。
 くすぐったいようなほうじ茶の香りが広がる。
 急須の底にお茶葉の小さなお山を作り、注ぎ口から弾けるようなお湯を注ぐと、
 蓋をするのが勿体ないほどの香りが更に立ち上り、お茶の表面にうっすらと白い渦巻ができる。
 ほうじ茶にでるこの白い渦巻きは、焙じることで出るお茶のアクなのか、私は知らない。
 
 ほうじ茶を片手にベランダから外を覗くと、昨日見かけた猫が又塀の上を歩いていた。
 今日はよく晴れている。



 家にいると知った友人が電話を掛けてくるも、
 病み上がりだというと喋らないで安静にするようにと叱られてしまった。
 叱ってくれるのはありがたいけれど、もっと話したかったのにとちょっと悔しい。
 
 悔しいので母の帰りがもっと楽しみになる。
 
 干し杏が好きだ。
 砂糖衣がついたのではなくて、
 何もついていないアメリカ産か日本産のものが一番。
 アメリカ産も漂白されていたり加糖がされていたりでがっくりすることがあるけれど、
 気をつけないと、トルコ産の干し杏になってしまう。
 なんといっても、長野土産で貰った杏さえトルコ産というほどの流通量を誇るのだ。
 
 トルコ産の杏を毛嫌いするにはわけがある。
 トルコという土地は、果物の生育にとても良いところで、
 果物は日本ではありえないような甘さで熟す。
 当然、収穫量も多い。仕入れ値も安いわけだから沢山流通する。
 
 けれど・・・
 トルコ産は不味いのではなく、甘いのだ。
 甘酸っぱい杏好みの私には甘すぎる。
 よって多分に好みの関係だ。
 
 残念なことだけど、
 私には杏とサクランボと林檎は甘酸っぱいのが嬉しい。



 きっとトルコの方にはあんなに酸っぱいもののどこが良い!
 こんなに甘くて自然で美味しいのに!と驚かれてしまうに違いない。



 とは言え、悔しいことに私の周りに干し杏好きは少なく、
 産地による味の違いにうなずいてくれる人はいない。
 これもまた、残念なこと。



 好き勝手なことを考えつつ、あちこちへの手紙を書く。
 ほうじ茶を3杯も飲み終わっても、母はまだ帰宅をしない。
 一体何を買いに行ったのか、目的を聞き忘れたので帰宅予測も立たない。 
 
 ふと、しばらく前に古書店で読んだ小松左京の短編「ウインク」が思い出される。
 何故だか小松左京の作品はほとんど読んだことが無かったのだけれど・・・
 地球全土、人類、動物、何から何まで不思議な目に覆われる話だけれど、
 ブラックながら最後のまとめが中々素敵で忘れがたい。
 やはり今度購入しないと・・・と思う間に大荷物を持ち母帰宅。
 
 私が風邪引いたから・・・というわけでもないのでしょうが、加湿器と帰宅。
 これで、我が家にはなんと5台目の加湿器が来たことになる。



 既にあるものがあるのにまだ必要なのか。
 加湿器ってそんなにいるものだったか。
 などと内心思いつつ、我儘を聞いてもらった娘は母と大人しくクッキーを楽しむ。
 
 母はいかに今までの加湿器と違うかを力説している。
 加湿器にも色々タイプがあるらしい。
 ベランダの外は夕暮れ。
 明日からはまた、窓の向こうへ・・・