仕事を愛している二人・北海道への行きすがら 

 
 早朝、3時30分。
 人によっては深夜という時間に起床。
 宵っ張りの生活習慣。
 睡眠時間は1時間と短いながら、楽しみだった旅行の日。
 睡魔の誘惑に負けはしない。
 
 空には寝ぼけ眼の半月がうっすらとした雲の合間に光り、
 街灯はぼんやりとした薄もやをかぶっている。
 家族が未だまどろむ家を後に駅を目指す5時少し前。
 朝露のせいか虫たちの声さえ、少し寝ぼけ気味に聞こえる。
 
 駅の改札を抜ける際、駅員さんたちの事務室を覗くと
 朝が早すぎるせいか駅員さんの姿は見えず、
 煌々と電気がついた部屋は妙にガランとして広く感じた。
 
 電車に乗り込むと席をまばらに埋める人々は皆、穏やかな眠りの世界に。
 7時台からの人々のように携帯をいじる姿も少なく、
 電車が揺れるたびに座っている人の頭がこくり、こくりと危うげに垂れる。
 車窓からはまだ暗い空と、ぽつぽつと灯り始めた家の明かりとがビルの間に覗いては消えてゆく。
 
 乗り換えの駅へつくと、
 ほのかに明るくなってきた空の下、
 まだ寝ていたいと呟くような鳩の声がした。
 
 品川から京急に乗ると、電車が動く度にメロディーが聞こえる。
 どこの駅を発車する際も「トレロカモミロ」のメロディーに聞こえてきて仕方ない。
 羽田の駅で、「メロディーが聞こえるのだけれど・・・」と、
 ホームを歩いていた車掌さんに伺うと、
 車掌さんは良くぞ聞いてくれたとばかりに顔を輝かせて教えてくれる。



 曰く、京急赤い電車はドイツ製。
 発射の際に「ファソラシドレミ」と聞こえる音を出すことによって電車のノイズを相殺し、
 モーターなどの機械も保護しているのだとか。
 
 この車掌さん、電車が好きで仕方が無くて車掌になったに違いない。
 「こんな風に音を出すのは、
 これ以外では201系っていうのがあるんですが、あれは又違う音階でファンが多いんですよ。
 あれも本当にいい車体でドイツ製で・・・」
 と、忙しいに違いないのに10分以上電車のメロディーの説明をしてくださって、
 更にわからないことがあったらホームページか広報室へと連絡先を教えてくださり、
 「良い旅行を!」と、別れた後もブンブンと腕を振って送ってくださる。



 最近は電車の事故のニュースをよく聞くものの、
 運行から車体まで、ばっちり把握しているこの車掌さんなら、
 おそらく悲惨な事故を引き起こさないのではないのかしらと考えながら手を振り返す。



 旅行へ行くとなるといつもと違う出会いがあって面白い。
 
 飛行機に乗り込むと、また、新しい出会いがあった。
 
 私達の席は非常口脇。
 進行方向を向いて座る私達、逆をむいて座るスチュワーデスとはお見合い状態。
 お喋り好きな彼女と私。
 目と目が合って、にっこり笑って、離陸の時間がのびる間にいつしか会話が始まって・・・。



 お互いの年齢だとか、空でロマンスはあるのかだとか、
 スチュワーデスの方は結婚が早いか遅いか等々・・・。
 差しさわりのない所から、業務に関する話まで。



 例えば
 彼女のシートベルト姿はパラシュートを使う人のように見える。
 座席の中ほどからリュックサックを背負う紐のようなベルトを2本。
 腰の右から左へする一般的なベルトが1本。
 厳重にする理由は何故?
 (逆を向いているので、事故の際のGの掛かり方が乗客よりも顕著なため)
 とか、



 この日、飛行機には12人の乗務員がいて、
 事故が起こった場合は3分(!)で乗客を全員避難させなくてはならないだとか。
 (因みにこの日の乗客は480名。
 2名はパイロットとして、10名で乗客を1人6秒ほどで避難させなくてはならない!)
 一体どんな誘導をしたらこの大人数をそんな短時間で誘導することが出来るやら! 



 友人と二人して、このお仕事も大変なのだわと思いながらも喋り続ける。
 
 1日に平均3回乗務するという彼女、制服が緩いらしく頻繁に調えている。
 貸与される制服は、むくみやすい空で働く彼女達の為、
 採寸の後ワンサイズ上の物が支給されているのだそうで、
 「理屈には合ってるけれど、時々ちょっと困るのよね」と彼女は笑いながら眉根を寄せる。
 そうして
 「靴だって、貸与されてもすぐ履き潰してしまうから、みんなお気に入りをストックしてるの」
 と、実に明るい。
 「今は統合だなんだで研修が忙しくって、1日丸ごとのお休みは月10日位。
 お休みは平日が多いから、ご近所の人にはアルバイターと思われていて、
 こないだなんて『安定してないって大変ですよね』なんて言われちゃうし、もう大変」
 とくすくす笑う。
 
 大変だって口にしながら、悲壮感が全く無いのは
 彼女がお仕事を好いているから。



 京急の音の秘密を教えてくれた車掌さんも、上記の彼女も、
 笑顔に、喋る言葉の端々に、楽しい気持ちが溢れてる。
 一時の出会いの中に、とても大切な何かを貰う。
 それがなんだかとっても嬉しい。