駆け引き

 原っぱを、尖った耳をした白い犬を連れておじさんが行く。
 
 夏の間は上半身裸で日光浴をしていた人も沢山いたけれど、秋の昼時。
 天然日焼けサロンは開店休業。
 
 原っぱはおじさんたちと、遠くに見える赤い自転車だけのもの。
 
 陽射しは透き通るほどに金色で、土は少し前に降った通り雨で黒々と湿っている。
 栗のイガが少し茶色くなってきた。原っぱはまだ青々としている。



 白犬はまだ若く、ぐいぐいと綱を引っ張り、右へ左へとおじさんを誘導し、
 時折地面に鼻を近づけては臭いを嗅いでいる。
 おじさんの腕はピンと張られ、上半身の早さに腰から下が遅れている。
 
 おじさんが溜息を一つついてしゃがむと、
 犬は大喜びでじゃれ付いてべろべろと顔を舐める。
 頬も、鼻も、口も関係なく舐めるので、
 おじさんは困った顔をして犬の顔を脇に押しやり引き綱を外して立ち上がった。
 
 白犬は突然立ち上がったおじさんについていけず、ごろんと原っぱに転んだ。
 白い背中が土で少し黒く染まる。
 犬はなんで自分が転んだのかわからないような顔をして1秒。
 立ち上がって2、3歩おじさんの方へ歩いて止まり、不思議な顔をして2秒。
 邪魔な引き綱がついていないのがわかると、何故かぐるぐると自分の尻尾を追いかけた後、
 原っぱの中へ駆けて行った。



 誰もいない原っぱの中を、白犬は全速力で駆け、戻り、
 急に曲がろうとして転び、今度は背中をぞりぞりと地面に擦り付ける。
 ヘッヘと舌を出しておじさんの前にちょこっと座り、
 おじさんが撫でようとすると身を翻してまた、ダーっと駆けて、そっと後ろを振り返る。
 苦笑しておじさんが2、3歩寄ると、嬉しそうにまたかけっていって振り返る。
 
 青空の下、
 白犬とおじさんが誰もいない原っぱで駆け引きしている。
 原っぱのこちら側では、おじさんの引き綱よりも赤い曼珠沙華が風にふわふわと揺れていた。