歌舞伎に行ってきたけれど

今日は歌舞伎座昼の部へ。
 高校時代、
 「吃又(どもまた)」の吉衛門さんを皮切りに歌舞伎座に通い詰め、
 高校時代に得たお金のほとんど全て歌舞伎につぎ込んだと言える私としては、
 吉衛門さんが出ている「引き窓」はやはり良くて涙したものの、
 同じく出演作「寺子屋」では内容に釈然としない思いが残った。

 以前にも何度も見ていてそう思わなかったのだから、
 理不尽に思えてもそう思わされないようなものが提供されていたのだと思う。
 それとも私が成長したせいなのか・・・。
 歌舞伎の演目は同じものが幾度も上映される分、役者が変わると雰囲気が随分違う。

 「寺子屋」は
 出口の無いような懊悩が、
 義理と人情と贖罪を混ぜ合わせたような悲劇で観客に訴えるものだけれど、
 今回はどうも他人の子供を手にかける悩ましさや苦しみが描ききれていないようで
 不満足な思いが残ったのが悔しい。
 幸四郎さんの松王丸には涙させられただけに非常に残念。
 元・松江さん、現・魁春と吉衛門さんの夫婦は一番好きな組み合わせなのだけど・・・

 今日は先日カフェで仲良くなった歌舞伎初心者の方々と一緒だったのだけど、
 初めての方は台詞を聞き取るだけでかなりの集中力が必要らしく、
 言葉が間延びしたり、演技が冗長になると睡魔に襲われる。

 歌舞伎の上演時間は
 間に休み時間が10分、30分、15分とあるとは言っても11:00〜15:30頃と5時間近い。
 劇場内にそれだけ閉じ込められて
 耳慣れない言葉を聞こうとすれば、集中力が削がれてくるのももっとも。

 だから、彼女たちが引き込まれずに「つまらない」と思った途端
 睡魔は颯爽と駆け寄ってくる。
 本来、
 よっぽど疲れてでもいない限り、
 良い脚本、良い役者、息のあった組み合わせなら
 睡魔など寄ってくる隙も見せないほどに生の舞台に見入らせてくれる力は充分にある。

 そうであってくれなければ、折角行く甲斐も無い。

 勿論、踊りが苦手だなんだと向き不向きはあると思うのだけど
 どうも今回は
 昼全体が微妙に間延びした感があったような気がしてならない。
 引き窓は本当に素敵で、
 吉之丞さんのお幸はお家の再興を願いつつも小さなユーモアが随所に伴われている
 素晴らしく素敵なお母様で、義理と人情の板ばさみの中で苦労する姿に
 ギュッと拳を握り、息が詰まる。
 芝雀さんのお早も、いかにも華やかな世界から来たらしい匂い立つような色気と
 好きな人と一緒になれたと言う嬉しさがそのままにこちらまでやって来るような可愛らしさ。
 義理の母娘で長五郎をかばう姿には辛さと切なさが滲み出て素晴らしい。
 
 いつだって、夢中になって
 夢に出てきて、どれだけ時間がたってもその時のことをありありと思い出せるような
 舞台はさすがにそう沢山は無いとは言っても・・・

 7月の若手が多い月でもないし、
 有名所、良い役者が出ているのに引き窓以外はどうも薄味というか
 漫然とした感覚が昼の部を覆っているように感じた。

 六歌仙では梅玉さんの業平が爽やかなのに
 小野小町の雀衛門さんは可憐で素敵だけれど足元が危ないようだったし・・・

 半年振りほどで行った今日の歌舞伎は少々不完全燃焼。
 連日連夜、毎日演じられていて疲れもあるとは思うのだけど
 今回は舞台の迫力が妙に遠く感じた。
 これは本当に残念だ。 

 記憶に縫い付けられるような舞台は、
 それこそ一番遠い席からでも、こちらに食いついてくるほど役者が大きく感じる。
 いつもより役者が小さく見えた。
 皆様、体調は万全だろうか。
 
 昼の部、私の1位は吉之丞さん。
 無我夢中で与兵衛にすがり、
 逃げるものと捕まえる者との間で苦悩されている人情の深いお幸さんは
 凛とした品と、温かみがあって素晴らしかった。
 
 本当は他の作品もそれぞれそれなりに良いのだけれど
 歌舞伎座歌舞伎座だからこそ、
 歌舞伎座の作品に私はもっともっとをやはり求める。