嫌われ松子の一生


 ハンカチが1枚では足りない。
 
 実はこの作品、観るのがとても怖かった。
 予告では華やかなミュージカルシーンが流れていたから。
 
 原作は
 読んでいることさえ、苦しくて辛かった。
 
 松子を大切にしてあげたくて、
 松子を全部で受け止めて欲しいと出てくる人達に願った。
 自分を削るように愛して、愛して、
 最後には他のものが見えなくなるほど、無くなるほどに綺麗になった。
 それでも、どうしても報われなくて
 自分さえもなくしながら、必死で自我を掻き集めて自分の足で立とうとした松子。



 読むのは辛かったけれど、読み進まないのはもっと苦しかった。
 暗くて辛いけれど
 本の中の松子はいつも一生懸命すぎるほど一生懸命だったから
 読後は不思議なほどに清しくて。



 この作品に出会ったとき
 山田宗樹さんという作家の作品は
 何十年後かになっても、
 太宰や芥川のように読み継がれるんじゃないかと思った。
 
 本屋の新刊コーナーで出会ってから、もう3年以上がたった。
 
 かなり性的な描写があったりするから
 女性にはあまり薦めず、かといって男性にもなかなか積極的に薦められず。
 でも、「良い本は?」と聞かれると必ず
 「近年の作家さんで最高!」と挙げた。
 太宰やロシア文学にはまった経験のある人ならきっと夢中になる筈。 



 文章に匂いがある。
 触覚がある。
 起承転結の何処かだけがいいのではなくて
 完成度が高い。



 本当は個人的にはあまり好きでない文章の部分もある。
 でも、それを含めた全部が良くて
 そんな気持ち何処かへポンと投げ捨ててしまう。
 
 『嫌われ松子の一生』は、この3年の間にあっという間に有名になった。
 だからこそ、映画を観るのはとても怖かった。
 期待した。
 
 原作のあるもの。
 それも特に好きなものを原作にしたもので
 あまり良い思いをしたことが無い。
 けれど、今回は違った。 
 
 93点。
 これは、原作が本当に好きだから、欲目もかなりあると思う。
 普通なら、原作と映画とを分けて観ることが出来るのに
 それが全く出来なかった。



 「初めて松子に触れる」というよりも
 原作の内容で映像を「補完する」形でエピソードを埋めてしまった。



 だから、この点数は「原作を読んだ私」が映画に「はまった」状態で出したもので
 他の人・・・原作を読んだことのない人は納得いかないかもしれない。



 男たちと松子の関係の細やかな部分は
 多分、初めて観た人には
 悔しいけれど伝えきることはできていなかったと思う。
 かなり伝えていたと思うけれど、やっぱり全部じゃない。



 松子の生々しい、砂地獄の中であがいて、あがいて
 それでもどんどんずり落ちて行くような目に見える不幸は、
 映画上、幾らかは緩和されたかもしれない。
 あれでも、だ。
 
 けれど
 その時々で本当に夢中で、必死で、
 喜んだりすることが出来る松子は本当にそのままスクリーンの中にいて。
 彼女は本当に必死であがいていて
 私は彼女を中谷美紀だとは思わなかった。
 思えなかった。



 中にミュージカルを織り込んだからこそ
 この映画は上映時間に凝縮できた。
 コミカルな予告で抱いた不安は杞憂だった。
 あれがあるからこそ
 場面転換がしやすかっただろうし、暗くなりすぎがちな流れを留められた。
 
 設定が色々違ったり、原作ではあるエピソードが抜けていたり。
 映画と原作はやっぱり違う。
 あの本の内容を、映画で全部描ききろうとしたら絶対にあの時間では納まらない。
 
 もっとも
 あれだけのクオリティで仕上げられるのだったら
 正直朝から晩までの長さでも、2日続けてでもいいから
 もっと深くもっとと求める気持ちがないとは言えないけれど・・・
 
 最初の導入部分は
 ディズニーのーアニメの導入部分のようでもあり
 小刻みにCMがちりばめられたようでもあって
 正直、大丈夫だろうかと不安になったけれど、すぐにそれは霧消した。
 
 松子が会った男たち、女たち、そして家族。
 どの役者も素晴らしくて
 パンフレットの写真を見ればすぐに
 あのシーンで
 「こう言っていた」
 「こうしていた」
 と、すぐわかる。
 
 無数の登場人物がいるのに「誰が」「どこで」「どうして」「何をいったか」。
 全部がわかる。
 あれほど濃い内容なのに。
 そのうえ、音楽が素晴らしくて、映画館をでてもずっと頭に歌が流れる。
 映像がフラッシュバックする。



 子供の頃の視線を「そう、こうだ!」と思い出す。
 CGを駆使して作られた効果が、五感で感じるものに近づいている。
 感情や匂いや惑いが画面から染み出してくるようで、
 全ての映像は綿密に練られて練られていた。
 
 映画だけ、を観たときにどう思うかはわからない。
 映画館を出たとき、
 原作を見ていない友人は「涙は零さなかったけれど、うるっときた」といった。



 私は観初めの5分以内にハンカチを手にし、
 ぼろぼろと泣いて、絞ればハンカチも泣くほどの涙を落とした。
 
 原作と映画を比べるとがっかりすると
 二の足を踏んでいる人には是非
 原作を読んでから行って欲しい。
 やっぱりこの映画は読んでからの方が良い気がするから。
 
 上映後、一緒に来た人に
 真っ赤な目をして原作を薦める人達をみかけた。 
 上映中、私と同じように
 鼻をすすりながら泣いている音があちこちで聞こえた。
 きっとその人達ではないかしら。
 
 「嫌われ松子の一生」を是非読んで
  是非観に行ってみてください。
 
 本当に素晴らしい出会いになると思います。