落とされ物

 
 友人から、雹が降ったというメールが届く。
 私が知っているのは雷と土砂降りだけ。
 小さな日本の同じ東京という土地の上でも、
 降る時間ばかりでなくて降るものも違う。
 
 土砂降り前の今日の昼間は本当に暑くって、
 「今年の夏は45度を超えたりして・・」「案外そのうち50度なんていくかもね」
 なんて冗談が妙に笑えない。
 
 以前、クーラーが無い中での猛暑で多数の死者を出したヨーロッパ。
 風の通りの悪い石造りの家々。
 今年は大丈夫だろうか?
 
 土砂降りに降られて乗った電車の中で
 アイスを食べながら乗っている人がいた。



 降車駅の出口近くに急ぐため、電車の中をとっとと歩いた1両、2両、3両分。
 アイスを食べていた人は男性1組、ランドセルの小学生一人。
 水色をしたソーダ、バニラのソフト、またソーダ。
 頭くらくら、目がチカチカの暑さの中で食べたくなるのもわかるけど、
 食べているのは電車内。
 
 弱冷房車の電車の中でも、
 通りすがりにたらりたらりとアイスが溶ける姿が見える。
 汗の引かない額も見える。
 がらりとした電車内、ベージュ色の床の上。
 カツカツという足音と、アイスの匂いが重なり離れる。
 
 3両分を歩いて3人の人。
 食べたいのもわかるのだけど、せめてホームで食べ終える。
 それを望んではいけないかしら?
 通り過ぎたベージュの床に、水色と白の水玉は落とさないで済むのかな。



 一昨日乗った電車の中で、小さな男の子が飴を落とした。
 一生懸命飴を大切にするばっかりに、飴の箱をぐっと握って壊してしまったよう。
 赤とオレンジの飴が2つコロンと落ちた。
 扉の窓から光が入って、小さな飴はキラキラ光った。
 男の子が口の中で「あっ」と言った気がした。



 電車の振動で転ばぬように、
 彼はゆっくりしゃがんで飴を眺めた。
 そうして、大事なそれを小さな親指と人差し指でそっとつまんで
 ふくふくとした左手に握られた箱に、底の穴から2つコロンと入れた。
 
 小さな箱の上と下とを逆にして
 男の子は足を踏ん張ってゆっくり立った。
 終点の駅が近づいていた。
 彼は「落としちゃった」と言いながら、とてとてとお母さんらしき人に駆け寄った。
 すれ違いざまに箱の中から小さくコロコロと音がした。
 降車際、お母さんに「捨てなくちゃ、ダメだよね」と確認する声が聞こえた。
 
 落としたものの後始末。
 しゃがんだとき、
 「拾って口に入れそうだったら注意しよう」と身構えていた自分が恥ずかしい。
 
 ふと
 電車の中を振り返ったら
 誰かの残した小さなペットボトルと雑誌が、淋しそうに残っていた。