ハーモニカの音

 ぷーぱ ぱ ぱら ぷーら ぱ
 ぽろ ぷら ぽろぷー



 ハーモニカの音が聞こえた。
 小学校の時、みんなで吹いたものより透き通って低い。
 勢いよく ぷらぱら と来て
 ぷる ぱー ぽろ と音が弾む。
 何かジャズのメロディーのように感じるけれど
 何の曲かはわからない。
 楽しそうで、思わず音の源を探す。
 
 窓をあけると、夏の湿気を帯びた草の匂いが風に乗ってやってくる。
 桑が、柔らかな葉の緑の間に、黒と赤の実をびっしりと付けた枝をくねらせている。
 土の夏の匂いがする。
 
 原っぱの少し向こうの囲いに
 頭にオレンジの布を巻いた人が座ってハーモニカを吹いていた。
 こちらからは白いTシャツの背中しか見えない。
 
 楽しそうに、楽しそうにハーモニカは音を奏でる。
 白い背中とオレンジの頭が音と一緒にちょこちょこ揺れる。
 空は気持ちよく晴れて、原っぱの芝も柔らかな緑に萌えている。
 彼のいる原っぱの端に通る人は殆どいなくて、
 飼い主に放されたらしい犬がたまに駆けってきて不思議そうに彼を見上げる。
 
 彼が一節のメロディーを吹き終わると、小さく雀の鳴き声がした。
 彼は人気のない原っぱの端っこにいるのに、
 自分の渾身の演奏が誰にも聞かれていなかったのかと残念がるように
 きょろりと辺りを見渡した。
 後ろのこっちから聞いてるよ!と言いたいくらいだったけど彼は後ろは振り向かず
 また別のメロディーを吹き出した。
 淋しそうなさっきの背中とは違う浮き浮きするような楽しい曲を。



 ハーモニカって淋しげな音だと思っていたけど
 こうして聞くと淋しいどころかわくわくする音。
 1曲2曲・・・曲が終わるたび、彼は首をまわして人の姿を捜す。
 後ろの窓から見られているのには気づかずに。
 
 青空の中にサーカスでも始まりそうな
 ハーモニカの音色がぐんと伸びやかに流れていった。