きっと大した話じゃないよね

 ついこの間まで凛とした細い線だった月が
 半分の大きさでは足らないと言うように
 ぷっくりと大きくなってきた。
 向こうの方で星が一つ、二つ瞬く。
 「月が綺麗だし、もう一駅、歩いちゃう?」
 マッコリが気持ちよく体に回って、私達の足はぐんぐんと伸びやかに進む。
 ビルとビルの合間にヒールの音が楽しそうに響く。
 あんなこともあったね、こんなこともあったねと話していると、
 歩いた距離が1歩歩けば2歩分。
 2歩歩けば3歩分とぐんぐん短くなるような気がする。
 気の合う友人と話していると、時間も疲れもあっというまに吹き飛んでしまう。
 
 道路まで鬱蒼とした影を落とす神社の前を通ると、
 木々の間から賽銭箱の前に車座で座っている人たちが見えた。
 スーツをぽいっと境内に広げて、
 コンビニで買ってきたらしい袋を賽銭箱の上に置いて、
 ごそごそとビールを取り出しては乾杯している。
 おおよそ10人。
 お社の中まで入って酒盛りしているなんて初めて見掛けた。
 奉られている神様は、怒らないかな。
 お酒の席で逆に嬉しいかもね。
 境内から、男性ばかりの楽しそうな酒盛りの声が漏れ聞こえてきて、私達はクスクス笑う。
 強い風が一瞬吹いて、頭上の木々がざわりと揺れて一緒に笑ったような気がした。



 入ろうとした珈琲屋さんは閉店僅か10分前で、別の候補の珈琲屋さんへテクテク歩く。
 「そういえば、鮎が解禁されたわね」
 「行きたいけれど鮎はねえ・・・」
 寂しい自分達のお財布に頼るより、鮎は親と行くべきじゃないかと皮算用。
 美味しい鮎も届くけど、お店に行って食べてもみたい。
 果たしてこの我儘は叶うかどうか神のみぞ知る。
 「あなたが行ったら教えてね」と、情報交換には余念なし。
 
 「私、ここの皮膚科に行ってるの」と友人が言えば
 「ここの美容院に」と私が言う。
 思った以上に重なる部分が多くて、嬉しくなってまた笑う。
 知り合ってからもう7年。
 自分が知らない時に知ってる場所で擦れ違っていたかもしれない。
 そんなこともとても楽しい。
 
 飴色の空間の中で、美味しい珈琲を飲みながらまた話す。
 後になって思い返すと、とても印象深い話の合間に
 一体何を話していたのか?と思う時間がある。
 不思議に思い出せないけれど、それが何とも言えず「楽しかった!」という思いを熟成させる。
 きっと大した話じゃないけれど、
 人といるときに一番大切な何かの時間。
 
 恋愛?政治?夢?これから?天気?消息?それ以外?
 なんだかわからないけれど、確かに「その人」とでなければ醸し出されない何かの空間。
 そんな時間が共有できる私は確かに凄く幸せ者だ。
 
 誰かではなく「その人とだけの何かの空間」、「何かの雰囲気」。
 これからも大好きな人達と、そんな時間を共有していけたらいいな。
 
 帰り道に見上げた空は
 雲一つなく、月は家の陰に隠れてチラチラと星が煌いていた。
 そういえば、今はもう蛍の季節でもあるのじゃないか?
 気がつけば、家々の庭から虫たちの声が幾つも重なって聞こえる季節になっていた。
 明日もきっと、良い天気に違いない。