決して飲まない怪しい薬

昼間、あんなに強く吹いていた風が
 夜になるにつれ凪いでしまった。
 やっぱり風が春を連れてきていたのか、夜になるとぞくぞくと冷える。
 冷えるけれども、冬の寒さでもない。
 とても寒いのに、空気の中にどこか昼間の暖かさの残滓が残っている。
 2日寒くて2日暖か。
 ここ数日は寒くなったり暖かくなったりがちょうど等分されている。
 夜の空気の中に細く梅の香が落ちる。
 夜に白々と花を浮かべる梅の木も、
 もう枝先に数えるほどを咲かすばかりとなった。
 空を見上げればぽかりと、滲むような月が見える。
 明日はまた雨が降ってしまうのだろうか。

 昨日、ごそごそと掃除をしていたら錠剤が一つ出てきた。
 
 昨年、あるコンサートへ行った帰り。
 タクシーの運転手さんに貰ったものだ。
 透明なカプセルの中に、
 白と青の小さな細かい粉末が詰められている。

 「これはね、マイナスイオンなんですよ」
 と、運転手さんは言った。
 運転手さんの知り合いがマイナスイオンを錠剤にする方法を編み出し特許を申請中なのだとか。
 「マイナスイオン?」
 そもそも、マイナスイオンとはなんぞや?
 簡単に言えば多分
 マイナスの電子を帯びたもののこと。
 と、私は思っているのだけど、実際の所はよくわからない。
 よくわからないけれど、一人歩きしている言葉に引かれるまま
 「滝からでるらしいもの」と認識している。
 私の理解力が低いせいかもしれないけれど
 今の所、私にもわかるようにマイナスイオンの説明をしてくれた人はいない。
 
 そのマイナスイオンが錠剤?そんな馬鹿な。
 思う間も、クラシックが大好きだという運転手さんは
 ストラディヴァリウスを一瞬引いたことがあると胸を張りながらそれについて
 滔々と話す。

 曰く、
 これは知り合いの工場で作っている試作品で、
 特許はただ今申請中。
 知り合いのおばちゃんに飲ませたら
 「夜中寝っぱなしじゃなくなって、肩こりも消えてね〜、
 もう70過ぎてるのに皺がなくなって肌がつやつやになってさ、
 すごい元気になっちゃった。1日3時間寝れば十分だって言ってるんだよ凄いよぉ」
 と、言う。
 「肩凝りがなくなる」という言葉には強く引かれるものの
 マイナスイオンが薬というのがそもそもとっても疑わしい。
 むむ、と、考え込んでいると
 運転手さんは「変なもんじゃないよ」と言って一つを口に放り込み、一つをくれた。
 それが、この写真のカプセル。
 誰がどう考えても怪しい薬。
 
 この運転手さん自体が、そもそも不思議。
 運転手になったのは、
 タクシーゲーム(運転手さんになるゲーム)のキャラクター研究のために5000人分のデーターを
 集めているのだとのたまう位だ。
 某コンビニの人気商品の企画をしたとも言っていた。
 
 妙に話に具体性があって、どこまでが本当で、どこまでが嘘だったのか・・・。
 後日、ふと考えた。
 寝なくて平気な元気な薬。
 マイナスイオンと言っているけど・・・・
 それって要は人を覚醒させておく薬ってことではないか。
 覚醒剤と、一体どこが違うのか・・・

 得体の知れないこの薬。
 なんとなく処置に困って捨てることもできずに置いて忘れてた。
 決して飲みはしないけど・・・
 この正体は一体全体なんだったのか

 こればっかりはわからないまま、闇に葬ることにする。
 とりあえずこれは燃えるごみでいいのでしょうか・・・