名のない川と・・・

 空気が、金木犀の香りで染まっている。
 華やぐ香りの中を通っていると、
 金色の空気の中に自分が通った跡がすぅっと透明についているような気がする。
 段々と、虫の声が一際涼やかに、はっきりと聞こえてくるようになってきた。
 秋の空気は綺麗だと言うから、そのせいなんだろうか?
 なんとなく泣きたい様な気分で耳を傾けていると、水の音が聞こえた。
 
 ちゃらちゃら、さらさらと川べりにいるような緩やかな音がする。
 住宅地の真ん中。
 川があるわけじゃない。
 目をやると、道の端に下水溝が見えた。

 ああ、これかと思って目線を上げると・・・
 マンホールの蓋が、
 道の真ん中に点々と一筋の道を作っていた。

 下水溝に水があるのは当たり前だと思っていた。
 思いながら何故か、流れがあるのを忘れていた。
 気がつけば、一歩一歩と歩くその足元の地面の中に小川があった。

 地に耳をつけて聞いていないからわからないけれど、
 この水音がもっと轟々といっているところもあるかもしれない。
 と、軽やかな音を楽しみながら思う。
 
 何故か、
 下水道や上水道の流れは特別なところにあるような気がしていた。
 毎日水を使っているのだから、上下水道が側にあることが頭ではわかっていながら、
 蛇口を捻ると魔法のように水が始まるような・・・そんな思いがあった気がする。

 川は、目で見えるばかりが川じゃない。
 それが、マンホールの道を見て、突然実感できた。
 マンホールの下には川がある。

 この川の支流が、それぞれの家庭にあって、繋がっているんだと思ったら
 なんだかぶるりと震えてしまった。

 考えてみれば、なんてすごいものを作ったんだろう。
 大昔、
 雨が降り、地面がうがたれ、何本かの川ができた。
 それをすこしづつ工事して、人は田に水を引き、川の形を変えていった。
 人と川とはそう繋がっていた。
 
 それが水道の登場で、川は変化を遂げ
 今では全ての家庭が支流の端にいる。
 一人一人が、1本の川を持つ。
 蛇口を捻れば水が出てくる。
 これって、なんて贅沢ですごいことなんだろう!
 はじめてそんな壮大な仕組みを考えたのは一体どんな人なんだろう?
 背筋がぞくりとするほどドキドキしてしまう。

 歩いている道の下に川がある。
 それを、覚えていますか?