タクシーと事故と

 昨日、渋谷を歩いていたら事故に遭遇した。
 と言っても、事故後のことなのだけど。

 渋谷警察署の前で、真っ白な車が前後をタクシーに挟まれていた。
 誰も怪我はしなかったようだし、車自体にも殆ど傷はなく、
 場所が場所だけにたくさんの警察官の皆様が
 せっせと交通整理と事情聴取をしていた。
 
 台風一過。
 昨日19時半頃の渋谷は29度。
 暑かったからハンドル操作を誤ってしまったのか?

 どうも左折可の細道を行く際に
 真ん中の白い車がツーと前のタクシーにぶつかって、
 あわててブレーキを踏んだら今度は後ろのタクシーがゴツン。
 ということらしい。

 聴取を受ける白い車の運転手は急いでいるのか、
 してしまったことに慌てているのか、
 4,5mは離れている私の所まで内容が聞こえてしまうような声で話している。

 前と後ろのタクシーの運転手さん達は車内で
 げっそりとした顔をしている。

 白い車の人は自分の車だからともかくとして(事故原因だし)

 事故を起こした
 ・・・もとい起こされた運転手さんたち。
 今日は多分仕事ができない。
 過失でなければ事故が起こってもタクシー運転手として働いていけるのだろうか?
 他人事ながら気にかかる。

 今回は事故後だったけれど、
 実は今まで4件の事故が発生するを目撃したことがある。
 幸い怪我をした人がいるような事故ではない。
 日本では年間13〜4万件の事故が発生しているそうなので、
 4件というのは東京で1人の人が目撃する数としては多い件数ではないはずだ。

 渋谷での事故を見たら、
 その4件の事故のうち、忘れがたい事故を思い出した。
 その事故も、タクシーの運転手さんがいた。

 もう4年ほど前のこと。
 銀座の6丁目辺りの、ある狭い交差点に差し掛かったときのこと。
 前から真っ黒なベンツがやってきた。
 右から黒いBMW
 そして左からはタクシーが・・・。
 
 細い道を通って行くのだ。
 どの車も人と競争しても勝つか負けるかといった緩やかな速度で走っていた。
 それなのに・・・
 静かに、音もなく、
 まずベンツとタクシーが止まるそぶりもなくぶつかった。
 「ゴン」といってボンネットがつぶれたのはタクシーだった。
 そこに1秒の時間差もなくBMWが吸い寄せられるようにぶつかっていった。
 BMWはベンツとタクシーの鼻先にぶつかり、タクシーのライトが少し割れた。
 
 吸い寄せられるように起こった一瞬の事故だった。
 まるで階段から落ちる時に「あ、落ちる」と思ったまま、
 全てがスローモーションに見える時のように起こった。

 タクシーがひどい状態になっているのに、ベンツとBMWは全くの無傷だった。
 どこかからパトカーの音がした。
 細い道だから中々来ることが出来ない。
 前の部分がつぶれたタクシーの中から、
 男性と女性の二人組がお金を叩きつけるようにして慌ただしくでていった。

 そして、顔を蒼白にしたタクシーの運転手さんと
 BMWとベンツの運転手が道路へ・・・。
 無傷な車の二人はともかくとして、タクシーの運転手さんがペコペコと平謝りに謝っていた。
 
 それ以上
 その場にはいなかったけれど、
 あれからあのタクシー運転手さんがどうなったかずっと気になっている。

 随分後になって、乗り合わせたタクシーの運転手さんにそんな事故を見たことを伝えた。
 そのベテラン運転手さんは、
 人を乗せている時に事故を起こしたら・・・と、口を濁した。
 
 最近、タクシーの運転手はリストラされた方が更にどんどん増えてきているらしい。
 1週間程の研修の後は、ナビを搭載して走るので
 昔のように道を覚えていなくても何とかなる。
 
 「新人は早く稼ごうと朝も夜もなく働いて、事故を起こすか体を壊す」
 ベテランの運転手さんは、ぼそっとそう呟いて
 「俺みたいにいい加減に行けばいいのにって良く思うよ」と笑った。

 私が銀座で見たのも、そんな新人運転手の1人だったのかもしれない。

 昨年の始め頃、タクシー運転手達が国土交通省に請願書を出した。
 数年前にタクシーの業界の規制緩和がされ、
 過度の値下げなどが認められたことで運転手達の生活が逼迫。
 「事故が一層増えた、生活がしていけない」という訴えだった。

 地震や台風の時は、一時的にバブル時のように景気がよくなるのだそうだけど・・・
 夜、都心に出ると
 屋根の上に明かりをつけた車が道端にずらっと並んでいる。
 道に沿って照る明かりは、何か言葉をこちらに発しているような・・・
 そんな気もする。