彼はアメリカに帰る。

 昨日は雅叙園にデートに行っていた
 明後日、彼がアメリカへ帰るのだ。
 卒業してしばらく日本で遊んで、今度はUCバークリー大学院の学生になる。
 
 彼と私は恋愛関係に一切無いが、
 とても寂しい。
 
 そんな頻繁に会っていたわけではないけど、
 一緒に鯨を食べた。
 泥鰌も食べた。
 馬も食べた。
 犬は・・・・店先に山と積まれたゴミ袋に恐れをなして私が逃げた。
 彼は4度も5度も繰り返し行っていた。
 よほど気に入っていたようす。

 ちょっと躊躇して、でも興味が勝って。
 アメリカ人の彼にとってはかなり敷居の高いものばかり一緒に食べてきたと思う。
 
 日系アメリカ人といっても、ほとんど話せない彼をつれて鯨屋に行って
 「食べたことが無いのに反対するなんて」
 「美味しいと思えば絶滅させないように人は頑張る!」(もちろん逆もたくさんあるけど)
 と、食べさせたのは5年前。
 
 今では日本語ぺらぺら
 ごはんに関して好き嫌いなし!
 興味の赴くまま一緒に行ってぱくぱく食べた。
 
そのうち、アボリジニーの人たちがたまに食べるって言う巨大芋虫
 「食べよう」って言われたら・・・・
 「OK!」と軽々しく言ってしまいそうな自分が怖い。
 目の前にしたらすご〜く悩むけど。

 その彼が、千と千尋の元になった場所が見たいとのたまって、
 雅叙園に行ったはいいけど、旧館のツアーは今日から。
 当然昨日は見られなかった。

 ので、見られるところだけしっかり見てきたというのがデートの中身。
 雅叙園は、日本風というのでもなく、中華風というのでもなく、
 インドネシアを思わすところも色々あった。
 
 正直なところ、「単なるホテル」と思っていったら
 嬉しいしっぺ返し。

 長い廊下を通って中に入ってゆくと
 天井に金箔張りされた扇の上に着物の女性が浮き上がっていたり、描かれてたり。
 桃仙境のような図柄をバックに唐(?)の女性がポーズを取っていたり。
 真っ赤な欄干が川に渡されて、川にとりどりの花が落とされて・・・
 竜虎の部屋もあった。
 神輿の部屋もあった。

 トイレだって扉も螺鈿、漆塗り
 天井ぴかぴか絵が光る。
 橋が架かって小川が通る。
 屋根つきだけど、これはトイレ=離れのイメージ作り??
 と、疑問様々多種多様。

 中華と言うには和が強く
 和というには空間が無く。
 成金のようでいながら、趣味がいいものも多い。

 友人は雅叙園の案内を買った。
 値1800円也。
 変な美術館の図録より、ずっといい。

 「ああ、この欄間!」「この襖!床柱!」
 横から覗いて呟いてしまった。
 細部にまで細かい細工がされていて
 技術も質も一級品。
 でも、上品か下品かと聞かれたら、やりすぎ感もあって
 やっぱり、うーんと首を捻ってしまう。

 なんていうんだろう、妙にダイナミックで、
 小さい頃胸ときめかせた夜店への憧れと感じた妖しさ、
 それを何十倍にも煮詰めて
 一級の技術で詰め込んじゃったと言う感じ。
 一度行って後悔はなし。
 
 見ていると
 距離感も、遠近感もおかしくなっていくような気がする。
 昔はお風呂屋さんだったそう。
 この感じ、確かに千と千尋にあったかも。

 そして、
 夕方まで語った。
 日常事〜まじめまで。
 アメリカの核実験によるアメリカの汚染のこと。
 アメリカの政府による情報の取捨選択と、同じくそれをもらっている日本のこと。
 アメリカから日本に来て、初めて他の国でもたくさんの事件があることを知ったこと。
 お菓子が嫌いだと思っていたら、アメリカの甘さが合ってなかっただけだったということ。
 普通の爆弾と原爆が違うことはどう思っているのか。
 長期的に見たら?
 ・・・アメリカは「アメリカの人が大切」という思いがよくわかった。
 アメリカの人からしたら、人の命は土地より重い。
 私からしたら、土地は人と繋がっていて命は=。
 彼は劣化ウラン弾についても知らなかった。
 私も決して知っているわけじゃないけれど、聞いてショックを受けていた。
 きっと彼は今頃被害について調べてる。 
 イラクの補償問題も。
 「謝る心が大切だ」と言う彼。
 「心も大切だけどお金も大切だ」と言う私。
 「心はお金で計れない」という彼と、
 「それはそうだけど、形が無い。その上、心じゃ生活できない」という私。
 補償をするならどれ位、どのようにしてするべきか。
 イラクの場合は戦争と言っても一方的だから、
 「戦争が始まったスタートのレベルまで」と、彼。
 戦争といえないようなものだったから
 「戦争が無ければ進んでいたところまで」と、私。
 「理想論だよ」「そうだね」
 「どうしたらいいんだろう」
  中略
 「人ってさあ、補償でも何でも、最後よければ、まあ良いかってなるよね」
 「うん。でもこの場合、戦争が長すぎたよね。もっと短ければよかったけど」
 「今、米軍が居なくなってもだめだよね〜」
 「うん」
 「指導者が居なくなって争ってるもんね」
 「そうね、居なくなってすぐの、まだ平和的な頃なら宗教指導者同士の話し合いの余地も
  あったのだろうけど、今はねえ〜。ちょっと手を伸ばせばNO.1だもんね」
 「うん、ムリだねー」
 「イラク戦争、終わってもう1年半以上経つらしいよ。」
 「嘘ばっかりだね」
 「気温、60度だってさ」
 「・・・・・。」
  
 今日も東京は35度を超えた。
 彼は明日アメリカに帰る。
 
 結構優秀らしい理工系の彼。
 研究の成果が軍事利用されたりしないことを祈ります。

 餞は雷雨の中を行く燕の手ぬぐいと、馬毛のハブラシ