定規(じょうぎ)の懺悔。

 夕暮れ時、蚊に刺された。
 憎たらしい、
 ぷっくりとふくらんだ小さな赤富士を見ていたら
 一匹の蚊を思い出して胸が痛んだ。

 あれは
 高校時代の夏の終わり。
 網戸にもたれかかって
 のんびりしていたら

 腕にチクリ。
 見ると
 網戸の向こう側から蚊が必死に口を伸ばしていた。
 
 網戸の向こうはあちらの領域。
 パチンとやるには距離がある。

 なにより
 あまり必死に吸おうとしてるから・・・
 つい。。。
 つい、
 出来心。
 
 いけない探究心がむくむくむくっと膨らませた高校生の私。
 
 蚊の体長は約1cm。
 網戸の穴は一辺1mm、正方形。
 蚊の前に腕をやっても
 自分が気さえつけてれば

 まず刺されることは無い。

 「蚊の口(針)って一体どこまで伸びるんだろう?」
 
 定規を持って、馬の前の人参よろしく手をかざした。
 蚊は、網戸の間から
 必死に身を乗り出して針を伸ばす。
 
 まっすぐピンと張られた針は約1.2cm。
 すごい!!
 体長よりも長いんだ!
 
 皮下脂肪や皮が厚い動物を刺すときは長くなくてはいけないのかな?
 と、定規を片手に大興奮。
 
 確認のため、何度も何度も定規で測った。

 こんなときでもなければ蚊なんてアップで見たいものじゃない。
 
 そうして、
 測らせてくれたお礼をしようと
 腕を近づけた途端!
 悲劇は起こった。

 実験に協力してくれた
 蚊は弾けてしまった。
 
 自分の体よりずっと狭いところに頭を突っ込んでいた彼女。

 エサが近くなってより身を乗り出したからか
 それとも私から吸った血が彼女の体を膨らませて
 網戸のスペースに収まらなくなったせいだったのか・・・。
 
 はじめからパチンとするときは
 まあ仕方ない。
 気分は悪いけどあきらめられた。

 けれど、このときばっかりは
 命を弄んでしまったと
 ひどくひどく後ろめたく思った。

 夏の終わり、秋の始まり、
 寿命も近づく。
 蚊は、出産のため必死になって血を吸っていく。
 (その頃になると夏より一層刺されてかゆい)

 毎年、夏が来て蚊に食われると
 必ず
 あの蚊を思い出す。

 足の裏、耳、耳、頬っぺた。。
 ずいぶんあちこち刺していかれた。
 
 今も蚊は嫌いだし
 吸われたら容赦はしない。
 
 でも、
 夏に見つけた最初の一匹だけは
 自分の後ろめたさと偽善にやられて
 外に逃がすことにしている。
 
 最近、
 誰かが蚊に刺されたというたびに
 自分が逃がした蚊ではないかと
 ちょっとドキリとする。
 
 どちらにしても後ろめたい。




 この所、日本でも温暖化に伴って蚊が年中いるようになってきたらしい。
 蚊は伝染病の温床にもなる。
 あと、何年かしたら
 最初の一匹も逃してなるものか!ってなるのかもしれない。
 なんだかそれも、私達より後の世代に後ろめたい。
 私も世界を暖かくしてる一員なんだよね。
 あーあ。